仲間
午後13時40分 碁会所






 「おい和谷、あれ塔矢じゃないか?」

 「え?・・・・・うわっ、ホントだ!なんで塔矢アキラがこんな町の碁会所に
来るんだよ!!」

 「和谷、声が大きい!・・・・ホラ、こっちに気がついた。」

 「・・・・・あー、えーと・・・。久しぶり、だな。今日は進藤は一緒じゃねーの
か?・・・・え?進藤を探してる?確かにここにはよく来てるけど、でも今日
は見てねーなあ。伊角さん、進藤見かけた?」

 「いや・・・・。オレは見てないな。あっちにフクと奈瀬がいたから、ちょっと
訊いてみようか?おーいフク!奈瀬!今日進藤見なかったか?」



 「あれー、塔矢くんでもこんなとこ来るんだー!!ボク塔矢くんと対局した
ことあるんだけど、覚えてる??・・・・え、進藤くん?ボク見てないよー。」

 「私も見てないわ。最近進藤忙しそうだしね。もうあんまりこんな碁会所に
は来ないんじゃない?」

 「いや、結構アイツ来てるぜ。こーいうとこで打つのも楽しいんだってさ。
院生仲間も良く来てるしさ。オレと伊角さんとで碁会所巡りして以来、アイ
ツかなりハマってたしなー。どこの碁会所でも可愛がられてるみたいだ
し。」

 「人気あるよな、アイツ。うらやましいよ。勢いもあるし。アイツが院生にな
ったばかりの頃はオレたちの方が断然強かったのになあ。いつのまにか
追い抜かれちゃったな。」

 「じじむさいぜ伊角さん。そんな遠い目すんなよ!!オレたちだってまだ
まだこれからだって!!」

 「そうだよ、ボクも今年こそはプロ試験に受かって、進藤くんたちに追いつ
くんだ!!」

 「あら、私だって負けないわよ。まだプロを諦めたわけじゃないんだか
ら!」

 「皆やる気充分だな。んじゃ、対局の続きといこうぜ。・・・そーだ塔矢、オ
マエも一局打ってくか?・・・・・・・なーんて、塔矢アキラがこんなとこで軽々
しく打つわけねーか。」

 「オレとしてはゼヒお手合わせ願いたいとこだがな。」

 「でも、進藤を探しに行くんだろ?なんかオメー必死な顔してるもんな。オ
メーらってほんと・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・。
いや、なんでもない。けどそんな心配しなくてもさ、夕方には家に帰ってん
じゃねーの?その頃進藤んちに行けば?」

 「そうだな。進藤はあんまり夜遊びするタイプでもないしな。塔矢、それま
で時間あるんだったら、本当に一局打っていかないか?ここの席代はオレ
が持つよ。」

 「ああーっ、いいなあ伊角さんずるーい!ボクも塔矢くんに打ってもらいた
いなー!!」

 「えーっ、それじゃあ私も!!」

 「おいおい、オメーら・・・・。あんまり無理言うなよ。」

 「だって塔矢くんと打てる機会なんて滅多にないんだもん。」

 「そうよ、折角なんだから!そんなこと言って和谷だって本当は打ちたい
んじゃないの?」

 「いいよオレは!!」

 「・・・・な、どうだ塔矢?そんなに急いでるのか?」

 「・・・・あーもー、オメーもハッキリしねーなあ!急いでないんだったら打っ
てけよ。オレはいらねーけど皆オマエと打ちたがってるし、伊角さんも奢る
って言ってんだからさ。たまには進藤が普段どんなところで打ってるのか、
体験してくのも悪くねーだろ?ほら、荷物置けよ!・・・・にしても大荷物だ
なあ。一体何入ってんだ?・・・・・カップラーメンと・・・詰碁集と・・・・扇
子?・・・・あとケーキ?なんだあ、めちゃくちゃな取り合わせだな!」

 「しかもこの扇子、王将って文字が入ってるじゃないか。・・・・塔矢の
か?・・・・え?進藤への誕生日プレゼント?」

 「へえーっ、進藤くん今日が誕生日なんだあ!パーティするの?二人
で?塔矢くんと進藤くんって本当に仲良しなんだねー。」

 「あら、じゃあこれ、もしかしてバースデイケーキ?しかも超有名なとこの
じゃない!よく手に入ったわねえ!ちょっと見てもいい?」

 「おおっ、うまそー!・・・・でもこれ、なんで欠けてんの?・・・・あっそ、食
べられたんだ。・・・・・なあ、これでもまだ二人で食べるには多すぎる量だ
よな。日持ちするもんでもないし、なんならオレたちも食べてやるぜ!」

 「お、おい和谷・・・・・。」

 「な、いいだろ?断るってんなら、あとで進藤んちに押しかけていただくま
でだけどな。オメーも二人きりのパーティー、邪魔されたくねーだろ?へへ
っ。」


 「・・・・二人きり・・・邪魔・・・・?皆で騒いじゃまずいのか?」


 「おっと伊角さん、深く考えるなよ。考えすぎるとまた老けるぜ。ま、とに
かくそーいうことだ!いただくぜ塔矢。おーいおばちゃーん!!ナイフとフォ
ーク貸してくれよー。」

 「なんか、悪いなあ塔矢。・・・・そうだ、全然大したもんじゃないけど、進
藤に会うんだったら、これを渡してくれないか?」

 「伊角さん、何それ?・・・碁石?あれ、なんだか形がちょっと普通のと違
う・・・・。これ、もしかして中国の碁石じゃない?」

 「よくわかったなあ、奈瀬。そう、オレが中国にいたときに使ってた碁石な
んだ。・・・・立ち直るきっかけになった旅だったから、ずっとお守り代わりに
持ち歩いてたんだが。でもオレが本当の意味で復活できたのは進藤のお
かげだったからな。これは・・・・・進藤に持っていてもらいたい。それに、お
守りなんてオレにはもう必要ないし。」

 「あれ以来、伊角さん人が変わったように強くなったもんなあ。技術的に
も、精神的にも。」

 「ハハ。本当に進藤のおかげだよ。色々また話したいけど、アイツも忙し
そうだし、なかなかそんな機会もないから、塔矢、代わりに言っといてくれ
ないかな?オレは、変わらず囲碁の道を歩き続けてるって。」

 「伊角さん、オレは、じゃなくて、オレたちは、だろ?」

 「そうだよ伊角さん。ボクもがんばってるよ!進藤くんにはいつも負けてた
けど、でもボクも成長してるんだよ!」

 「私もよ。院生だろうとプロだろうと、皆おんなじ道を歩いてるんだから!」

 「なんたってオレたちは皆、一緒に学んだ仲間だからな。目指すものはず
っと一緒だ。他の院生たちもそう思ってるよ。」




 「そうだな。これからもずっと。」







 それから、何時間かボクは彼らと碁を打った。

 進藤がよく座っていたという席に着くと、まるで進藤の息吹が感じられるようだった。
 雑然とした雰囲気の中で、彼らの真剣な顔だけが浮き彫りになる。
 


 彼らと一緒に、切磋琢磨してきたのだ。進藤は。



 共に同じ道を歩む仲間がいる。
 


 ボクももちろん同じ道を歩いているわけだが、一人で高みを目指してきたボクと進藤は違う。
 進藤には肩を並べて、励ましあえる仲間がいたのだ。
 
 ほんの少しだけ、心の奥がきゅっと音をたてて締め付けられた気がした。







 まだ荒削りな部分があるとは言え、彼らの碁はそれぞれに個性的で面白い。
 いつのまにか夢中になり、気がつくと外はもう暗くなっていた。






* * * * *







 もう行かないと、と席を立つときに、奈瀬という女の子がパーティーするならこれあげるわ、といくつか手持ちのお菓
子をくれた。
 チョコレートや、クッキーなんかが次々とかばんの中から出てくる。
 女の子というのは、どうしてこんなにも大量のお菓子を何でもない日に持ち歩いているのか、どうにも不可解だ。
 
 さらにフクという少年が進藤くんにこれあげる、と缶コーヒーを差し出した。
 なんでも、ブラックを飲めもしないのに間違えてボタンを押してしまったと言う。
 和谷くんがまたかよ、とためいきをついていた。
 この少年はよく間違えてブラックコーヒーを買っては、人にあげているらしい。

 さらに、途中席を立った和谷くんが、いつのまにか立派な花束を抱えて戻ってきた。
 折角の誕生日なんだから、これくらいは用意してやれよ!
 とのことだった。

 周りの皆は、でも男の誕生日に花束ってどうなんだ、そんなロマンチックにする必要なんてないんじゃないか、とか
なんとか言っていたが、和谷君はいいんだよ、塔矢からはアイツにこれくらいしてやっても、と笑っていた。






・・・・・彼は、一体どの程度までボクたちの関係を知っているのだろうか。
・・・・・・・・一抹の不安を覚えないでもない。















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