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「オレ、関西から来てるけどこのとおり標準語だろ?
 横浜に住んでたんだけど、去年さあ、
 とーさんが死んじまってかーさんの実家がある
 兵庫に引っ越したんだ。
 オレ、五人兄弟の長男だし、家族を食わせていかないと
 いけないんだよね・・・」
 金のためなんてふざけるな!
 と怒鳴ろうとしたヒカルは、トオルの話に何も言い返せなくなった。
「あ・・・、えっと・・・」
 なんと言うべきかわからないヒカルに
「な〜んて話をあっさり信じちゃうなんて、
 ヒカルちゃんったら純粋〜」
 とトオルは舌を出してにやりと笑った。
「〜〜〜〜っふざけるな!
 っつーか『ヒカルちゃん』ってなんだ!!」
「いーじゃんいーじゃん、カワイイじゃんヒカルちゃん。
 なんだったらオレのこともトオルちゃんって
 呼んでくれたっていいんだよん」
(な、なんなんだコイツ・・・!)
 こんなに掴みどころのない相手は初めてでヒカルは戸惑う。
 ここで塔矢アキラだったらスマートにさらりと相手をかわしてしまうのだろうが、ヒカルは真正面からしか対応できない性格なのだ。
「オレ、塔矢アキラに対戦以外にも用があったんだ。
 写真しかみたことないけど、塔矢アキラって
 えらいべっぴんさんやん?
 金のために碁かアイドルか迷ったオレとしては
 東西の若手プリンスとかいう名目で取り扱ってもらって
 一緒に金儲けしたいんだよね〜」
 塔矢アキラはまだ低段者だが塔矢行洋の息子であるため、囲碁雑誌等への顔の露出も多い。塔矢行洋の名を汚さないだけの強さと、あの端整な顔立ちは老若男女問わず囲碁ファンの間で人気が高い。
 藤間トオルは。
 たしかにビジュアルで人気が出そうだとヒカルも認めずにはいられないような外見をしていた。
 色素の薄い猫の毛のように(性格と同様に)軽そうな髪、某男性専門アイドル事務所にいてもおかしくないような顔立ち、塔矢アキラよりも少し背が高そうですらりとした体つき。
 どこをとっても、塔矢アキラとはまた対照的という点でも、二人で組んだら人気が出そうではあった。
 それにしても、一体どこまでが本気なのだろうと思わせる何かが常にトオルにはつきまとう。
「でも、ヒカルちゃんもカワイイ顔してるよなー。
 ヒカルちゃんがホントに塔矢アキラのライバルってくらい
 強いなら、塔矢アキラとのユニットがダメだった場合、
 ヒカルちゃんと組んでもいいな。
 どう?一緒に金儲けしない?」
 ケタケタケタ、とバックに効果音が書かれそうな軽い口調で話すトオルにヒカルは脱力感を味わいながらも負けん気の強い性格ゆえ反論する。
「オレは金のためにプロになったわけじゃねえよ!」
「じゃ、なんのため?」
「そ、それは・・・」
 最初は佐為のために碁を打った。
 自分で碁を打ちたくなったのは、アキラの真剣な目を見たから。
 プロになろうと思ったのは、そう、アキラに追いつくため。アキラがプロになったから。
 けれど、そんな説明をトオルにしてもしょうがないのだ。
「・・・神の一手を、極めるためだ」
 佐為が千年も夢見てきたこと。
 それは、アキラに追いついて、追い越して、そのずっとずっと先にあるものだろうけれど。
「か〜!男の浪漫って感じだね〜。
 神の一手なんて自己満足じゃ、世の中食っていけないよ。
 やっぱ棋士になったからにはタイトルとって金儲けだね!」
「もちろんオレだってタイトルとってやる!
 オマエみたいな金のために碁を打つようなヤツに
 タイトル取らせたりするもんか!」
「そんな綺麗ごとばかり言ってもさ、しょせんは強いヤツが勝つ。
 金のためでも、神の一手のためでも。
 オレは、これでも真剣なんだぜ?
 自分の力で稼ぐんだ。悪いことだとは言わせないよ。
 ヒカルちゃんだって、一銭にもならなかったらプロ棋士
 続けてられないんだから」
 たしかにそうだ。
 プロとなったからにはヒカルにとって碁は生涯の職業となったわけである。今はまだ親のお金で生活しているけれど、いつか、自分の家族が出来るような時には、自分の碁の腕で生活していくことになるのだ。
「・・・でも、オレはやっぱり、金にならなくても
 神の一手を目指すことはやめられない」
 もしかしたら、佐為のように、たとえ死んでも極めたいと思い続けるものに、自分の中でこの思いは育っている気がする。
「・・・幸せなんだねえーヒカルちゃん」
 トオルは、複雑な笑みでヒカルを見た。
 その微笑に隠されたものに気付けるほど、ヒカルは人生の経験を積んでいなかった。
「それに、ホント純粋で」
「そりゃ、オマエみたいな金の亡者に比べりゃな」
「ヒドイな〜。オレだって純粋だもん。
 ヒカルちゃん、怒った顔もカワイイね。
 どう?オレと囲碁アイドルになる気にならない?」
「なるわけねーだろ!カワイイって言うなヘンタイかオマエ!!」
 塔矢アキラを「べっぴん」だと言うのはわかる気がする。
 けれど自分がカワイイと言われてもバカにされているとしか思えない。
「変態とはこれまたヒドイな〜。
 オレは純粋に」
 そこまで言ってにっこり微笑むトオル。

「金になりそうな顔が好きなんだ」

「ちっとも純粋じゃねえ!!!」


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