「今日は、ボクの誕生日なんだ」 「え?」 突然な話題に彼は驚いたように腕を緩める。 「・・・こんな風にキミと過ごせてよかった」 何一つ変わりなく、いつも通りキミと過ごすのも嬉しいけれど、こうして形はどうあれ今こうしてキミの腕の中にいて、キミの温もりに触れる、こんな昨日までは考えもしなかったことが起きた日が、普通の日でなくてよかった。 誕生日という、年に一度の特別な日だから起こったことだと思えば、これからの日常で望んだりせずにせずにすむかもしれないから。 「塔矢」 そんな風に考えて、キミの温度に浸っていたところで不意に体を離され肩を押されてボクはよたよたと彼と向かい合わせて立たされる。 それから、グッと引っ張られたマフラーごと引き寄せられた。 「・・・誕生日プレゼント。ありがたく受けとっとけ」 そう言って彼はボクのマフラーから手を放すと、クルリと背を向けて歩き出した。 キミはどんどん行ってしまうのに、ボクは、その場から動けない。 今のは、なんだ? ・・・・・・・・・唇に触れたものは、なんだ? 呆然と彼の背中を見ていると、もうずいぶんと前を歩いていた彼は振り向き、やっとボクがついてきていないことに気付いたのか、大きく肩で息をしたようなジェスチャーの後、ボクの方へ駆け寄ってきた。 「何やってんだよーさっさと行くぞ!」 「な、な、何ってそれはこっちの台詞だ!な、なんだ今のは!」 「何って・・・誕生日プレゼントじゃん」 「いや、でも、あの」 「だっていきなり誕生日とか言われてもなんも用意してなかったからさ、 オマエが今一番喜びそうなこと考えたんだけど」 「だ、だ、だからといって、キ、キスすることないだろ!!」 「わーーバカバカ声がでけェよ!オマエんちの近所だってさっきも言ったろ!?」 「そんなことこの際どうでもいい!・・・あんなこと・・・するなんて ・・・キミは・・・っ」 「なんだよ。・・・嬉しくなかったのか?」 「・・・っいや・・・っう、嬉しい、うん、嬉しいけどでも」 「あーもーうるさい!安心しろ、もう二度としねェよっ」 「っ・・・いや、それは」 「ほら、もー行くぞ」 「ちょ、ちょっと待ってくれ、その・・・二度としないというのは・・・困る」 我ながら間抜けた言葉だと思ったが、案の定笑われた。 「困るって、ホント、オマエってバカだな。 ・・・ま、これにこりたら・・・ってのも変だけど、 もうオレのこと子供だなんてバカにしなけりゃ、気が向いた時になー」 「ああ、もう二度とキミを子供扱いなんてしない!」 「そ、そんな力いっぱい断言しなくても」 「だから・・・来年の誕生日も・・・その・・・」 「今からそんな約束すんのかぁ?」 「あ・・・いや・・・来年の誕生日の前に、クリスマスプレゼントっていうのもあるな・・・」 「はぁ?いきなりすぐじゃねェかよ!ったくもー相変わらずメチャクチャだなあ」 バーカ、とボクの額を小突いて、再び彼は歩き出す。 今度はボクも駆け寄って隣りに立って歩く。 「・・・塔矢、オレ・・・オマエがいつだって真剣だって、 ちゃんとわかってるから。 そりゃ、全部は受け入れられないかもしれないけどさ、 でも、ちゃんとオレも真剣に考えるから。 だから・・・一人で勝手にオレの気持ち決めつけて、 一人で結論つけて納得して・・・ オレの前から消えたりしたら許さねェんだからな」 「・・・え?」 ひとり言のような小さな声に、なぜか聞き漏らしてはいけないような・・・切ない響きを感じたのだけれど、どういう意味か聞こうと思ったところで 「オマエに遠慮なんか似合わないからいつでも威張って堂々としてろってこと!」 と笑って脇腹を小突かれたので、 「・・・何か腑に落ちないがそうさせてもらう」 とボクも素知らぬふりして答えるしかなかった。 彼は笑っていた。 ボクは、この時、彼の言葉の本当の意味を知らずにいた。 彼の背負う苦しみ、寂しさ、哀しさを、何一つ知らなかった。 でも、だからこそボクは幸せだった。 そして、確かに彼は、ボクの隣りで笑っていたんだ。 「あ、いけね。言い忘れてた。 塔矢、誕生日おめでとう」 そう言って、笑っていたんだ。 |
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