※背景固定、フィルタ使用のため、IEでご覧下さい。 ※このお話は小説「恋に落ちた日」から設定がつながっております。 未読の方はそちらからどうぞ。 (05.2.18) 『ちょこっと勇気』
「これ、受け取って下さい!」 突然走りよってきた女の子に、一拍おいてから塔矢は「ありがとう」と微笑んだ。 ・ ・ ・ 2月14日、バレンタインデー。 棋院で「ファンの子から送られてきていたわよ」と事務のおばさんからチョコが入った袋を塔矢がもらっていて驚いた。「毎年もらってたのか?」って聞いたら「うん、誕生日とバレンタインにはプレゼントがくるね」となんでもないことのように答えが返ってきた。 塔矢、モテるんだな、と今さらかもしれないけど思った。 でも。 そんな塔矢と、オレはキスしてる。 それがとても、不思議な気がした。 去年の冬の初めにいきなり塔矢はオレに「アイシテル」なんて言い出して。 そんなこと急に言われてもオレはそういうことよくわかんなかった。 オレの中で塔矢はずっと特別だった。 囲碁に興味をもったきっかけも、佐為と出会ったからというよりは佐為と対局した塔矢の、その目に引き寄せられたからだ。 院生の時も、プロになってからも、塔矢アキラという存在はオレにとって何よりも特別だった。 塔矢の気持ちも同じだと思ってたのに。 『アイシテル』とか『ダキシメタイ』とか、突然そんな風に変化してしまった塔矢の気持ちにオレの気持ちは追いつかなくて。 でも、オレは、アイツの時も、突然の変化についていけなくて、気付けなくて、失ってしまった。 『私はもうじき消えてしまうんです』 あの時、少しでもアイツの言葉に耳をかたむけていたら、まだアイツはオレのそばにいられたかもしれない。 そう思わずにはいられないから、塔矢の言葉に耳を塞ぎたくなかった。同じように塔矢を失うなんて、耐えられないと思った。 だから、つなぎ止めたくてキスしたんだ。 オレの気持ちが追いつくまで、塔矢が遠くに行ってしまわないように。 好きかどうかもわからないのにキスするなんておかしいのかもしれないけど、「好きかどうかわからないけどオレのことは好きでいて」なんて言うよりはマシかな、なんて。 「好き」とか「愛してる」とか、「抱き締めたい」とか、塔矢がオレに対して思う衝動ってヤツとは全然違う感情だったと思う。 キスぐらいで塔矢を失わずにすむならって・・・そういうのってなんか、卑怯な感じがして自己嫌悪したり、そんな気持ちでしたキスなのに嬉しそうだった塔矢に罪悪感覚えたり。 それが、初めてのキスだった。 2度目のキスはクリスマス。 塔矢はオレにクリスマスプレゼントって言ってオレが前に棋院で見て欲しいなあって言ってた今は絶版になってる棋譜集をくれた。塔矢先生の所蔵本だけど、オレにあげたいって言ったら了承してくれたらしい。「これを見て進藤君の碁がより良いものになることを望んでる」って伝言付きだった。そんな塔矢先生や塔矢の気持ちがすっごく嬉しいプレゼントだった。 一通りめくってから「ありがとう」って顔をあげて塔矢を見たら、その瞳に熱が帯びたような気がして、 (あ、キスされそう) って思ったのに塔矢は一度は近付けてきた顔を一瞬の後にそらして困った顔なんかしてやがったから、なんだかそんな不甲斐ない様にムカムカしてまたオレからキスしちゃったんだ。なんか・・・そんな弱気な塔矢、らしくなくてイヤだったから。 まあ、オレは塔矢にクリスマスプレゼントなんて用意してなかったわけだから、お返しって意味でもあったけどさ。 だからといっていきなり「キスしてもいいだろうか」と真面目くさった顔して聞かれた時も困った。 「いいよ」なんて言えるか恥ずかしいっ!って思いながらも「イヤって言ったらしないわけ?」と聞いたら、「無理強いはよくないだろう?」と答えやがった。 いや、ある意味キッパリしてるってゆーか・・・うーん、コイツ、心底真面目なんだなあ・・・と半分あきれながらも感心したんだけど、だからって毎回承諾とられても困る。 オレは、なんて答えようかちょっと迷ったけど、「オマエとすんのイヤだったら最初からしたりしねェよ」と正直に言ってやった。塔矢は少し赤くなって、「そうか」とだけ言った。 そんなやりとりの後の3度目のキスが、塔矢からしてきた初めてのキスだった。 それが先月の終わり。 二ヶ月で3度のキス。 一般的にみれば遅すぎる進展なんだろうけど、オレの気持ちの変化にはちょうどよかったって思う。 塔矢がどれだけ真剣にオレのこと想ってくれてるかとか、 ・・・オレが、どれだけ塔矢を大切に想ってるかとか、 そういうこと、ゆっくり、少しずつ認識していった。 まだ、塔矢に対して「ダキシメタイ」とか「キスシタイ」なんて衝動は起きないけど、でも、そう思われることは全然イヤじゃなかったし、むしろ・・・・・・なんて考えたら、もしかしてこれをフツウはアイとかコイとかいうのかな、って気もしたけど、やっぱりまだよくわからなくて、あいかわらず碁会所で検討してケンカしては市河さんにあきれられるような関係を続けていた。 塔矢はオレが好きだって言うくせに、碁に関しては相変わらず容赦ない(容赦なんかされたら許せねェけど)。 でもそれって裏を返せばそんなことぐらいではオレは塔矢から離れたりしないって信じられてるってことだよな。 オレはそれだけで充分だと思ってた。 塔矢がオレを必要としてる、ずっと追いかけ続けてた塔矢の目は、今オレを見てる。 それが一番嬉しくて。 好きという言葉や塔矢とのキスは、塔矢がどれだけオレを想っているかを知るプラスα要素で、それ以上なんていらないくらい、オレは満たされてた。 別にこのままの関係でもいいじゃないかって思っていたんだ・・・昨日までは。 ・ ・ ・ 「アキラ君、明日はここに来る?」 「ええと・・・明日は棋院に行かないといけないから・・・次に来るのは明後日になると思います」 「そう。じゃあ、はいアキラ君、バレンタインのチョコレート♪」 そう言って市河さんは塔矢に手作りっぽく綺麗にラッピングされた箱を差し出した。 一日早いバレンタインチョコレート。 市河さんに出されたコーヒーを飲んでいた塔矢はそれを見てにっこり微笑んで 「いつもありがとう、市河さん」 と受け取った。 「はい、進藤君にもあげるわ」 「え?オレにも?・・・って市河さん、塔矢のと全然違うじゃん、これ。 え?もしかして塔矢のって本命チョコなの?」 オレは冗談のつもりで言ったんだけど。 「そうよ、あたりまえでしょ!もうず〜〜っと私の本命チョコは アキラ君なんだから♪」 ・・・いい年して(禁句?)頬を押さえて照れながら言う市河さん。・・・ま、市河さん美人だし、そんなことしても可愛いからいいんだけどさあ。 市河さんの年は知らない(というか絶対教えてくれない)けどたぶんオレらと一回りぐらい違うと思うから、まさか本気で塔矢が本命ってことはないだろうけど・・・。 でも、その時ふと思っちゃったんだよなあ。 ・・・もし、市河さんがオレと塔矢がキスするような仲なんだって知ったら、どう思うかなって。 そりゃもちろん知られるわけにはいかないけどさ。 でもそんな風にこの先も誰にもずっと内緒にしてたら、塔矢のことが大好きで、塔矢には彼女がいないから頑張ろうとか思う女の子が現れた時、オレはその女の子に対してどう思うんだろう。 真実を告げるわけにはいかないとしたら、塔矢はその子に嘘をついてでもあきらめさせたり、逆にその子があきらめてくれるまでずっと知らないふりをしたりしなきゃならないのかな。 そんなの、なんか切ない気がした。 塔矢が、オレなんかを好きになったせいで、届かない想いがあるなんて。 そんな想いを踏みにじっているのに、オレは塔矢の気持ちにちゃんと応えてやれてないなんて。 塔矢とは今の関係のままで充分だなんて、オレだけが満足してる。 そりゃ、正直言って塔矢がオレを好きになったのは塔矢の勝手でオレが応えなきゃならない義務なんてないとも思うさ。 ・・・でも、どんなことがあっても塔矢を失いたくはない。 それだけは本当だった。 碁会所から出て、駅で塔矢と別れた。 地元の駅につくと、周りのお店にはたくさんのバレンタイン特設コーナーがあった。 さすがに前日だけあってすごい人だかりだ。 バレンタインチョコかあ・・・ま、オレにはあんまり関係ないよなあ、毎年あかりからもらってたけど、中学卒業してからあんまり会ってないし、さすがに今年はもらえないよなあ。 なんて思いながら通り過ぎようとしたんだけど。 ふと、塔矢は市河さん以外からももらったりするのかな、モテそうだもんなあ、本命チョコいくつぐらいもらうのかな・・・と考えてからやっと思い至った。 塔矢の本命って・・・オレ、だよな? ってことは・・・オレがあげないとアイツは「本命からはチョコをもらえなかったバレンタイン」になるわけだよな? ・・・まさかと思うけど、塔矢オレのために買ったりしてるんだろうか。 ・・・いやいや、買うとしてもホワイトデーだなきっと、なんとなく。 うーん・・・ってことはやっぱりオレはあげた方がいいのかな。 いや、男のオレがバレンタインにあげるのはやっぱりおかしいか。 ・・・・・・でも、あげたら絶対喜ぶよな、塔矢。 ・・・・・・喜ばせたい、かな。 塔矢に告白されて以来、ずっと中途半端な状態だ。 キスなんかしてるくせに、塔矢の気持ちへの答えを言ってやってない。 まあ、まだ答えは見つかってないけど、でも・・・チョコぐらいあげてもいいかな。 ・・・それくらいしてやってもいいくらいには・・・オレも塔矢のこと好き、だよな。 オレは意を決して足を止め、売場に向かう。 ・・・が、引き返す。 っつーか買えねェ!あんな女の子ばっかのとこでバレンタインチョコなんて買えるわけねェ!!!わりィ塔矢、やっぱダメだ!! とまあそんなわけでオレの決意は一瞬のうちに崩れて、家に帰ることとあいなった。 ・・・情けない、けど仕方ない。 でもそんな帰り道、何気なく寄ったコンビニでオレはいいものを見つけた。 ・・・これなら男のオレが今日買ってもおかしくないな。 オレはそれを二つと雑誌を買って会計を済ませてコンビニを出たところで一つを食べる。 久しぶりに食べたそれは、懐かしい甘さだった。 なんて言ってこれをあげようかな〜どんな顔するかな〜なんて、オレはワクワクしながら家に帰った。 ・ ・ ・ 「これ、受け取って下さい!」 「ありがとう」 塔矢にチョコを受け取ってもらえた女の子は、見ているこっちが切なくなるくらいほっとして、嬉しそうだった。棋院の帰り道を一人で待ち伏せするなんて、まあ・・・褒められた行動じゃないけど、勇気が必要だったろうな・・・。 そう、囲碁部なんですね、頑張って下さい、ええ、ありがとう、ボクも頑張ります・・・女の子への塔矢の言葉がオレの前を素通りしていく。 赤い顔して、緊張のためか言葉もたどたどしくて声も震えていて、それだけにこの女の子がどれだけ塔矢が好きかって伝わってくる気がした。 塔矢は、優しい笑顔を浮かべている。 差し出した手を握り返された女の子は「ありがとうございましたっ」と頭を下げてから走り去った。 塔矢は、ハート型の凝ったラッピングがほどこされた手紙付きの箱を、棋院で預かったチョコレートが入っている袋に入れた。 ・・・あの手紙、何が書いてあるのかな。 オレは、たぶん届くことのないだろうその手紙に込められた想いに胸が痛くなった。 「ごめん進藤、待たせたね。行こうか」 何事もなかったかのように歩き出す塔矢。 「ああいうことしてくるファンってけっこういるのか?」 今みたいな行為って、出待ちっていうのかな。なんか芸能人みたいだ。塔矢が今日棋院に来るかどうかとか、日頃から行動をチェックされたりしてるのかなあ・・・。 「直接会いにくる人はそんなにはいないよ。 でも、棋院に来る手紙に若い子が増えたって事務の人が言っていた」 ・・・モテ自慢か!と一瞬思ったのに、 「最近、碁って人気なのかな?碁が好きな若い人が増えてるって嬉しいね」 と言われて脱力した。 「ってオイオイ、『碁が好き』なんじゃなくて『オマエが好き』なんだろ彼女たちは!」 「ははっまさか。話したこともないのになんでボク自身を好きになるんだ」 「なんでって・・・だってじゃあなんでオマエなんだよ、ただ碁が好きなら 他の棋士でもいいじゃん」 「ボクの打つ碁が好きだってことだろう? キミだって棋譜が残るような手合いが増えればもっとファンが増えるさ」 冗談か?天然か?塔矢ってわかんねえ・・・。 どこの世界に棋譜に惚れたからってチョコもってくる女の子がいるんだっての・・・。 絶対彼女たちはオマエの若いくせに強いトコとか、インタビュー記事の内容とか、その顔に惚れてるんだって!! ああ、なんか、オレとのことなんかなくても彼女たちの想いはコイツには絶対届かない気がしてきたぜ、可哀相に・・・。 ・・・でも、オレには同情する資格なんてないよな。 塔矢が想いを受け入れない一番の原因は、オレなんだから。 塔矢に届かない彼女たちの想い。 オレに届かない、塔矢の想い。 ・・・届かない? ・・・いや・・・もう、届いてる、かな。 オレが、届いたよって、伝えてないだけだ。 このままでいいなんて甘えているからだ。 彼女たちのように伝える勇気がないからだ。 |
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