黙っているボクを不審に思ったのか、進藤は心配そうに「塔矢・・・?」と声をかけてきた。 その力の緩んだ隙をついて、ボクは彼の腕から抜け出し、反対にキミの首に腕をまわして後ろから彼を抱き締めた。 「・・・・・・!な、何?!」 「・・・何って・・・羽交い絞め?じゃないか、ええと、 ヘッドロック?って言うんだっけ?」 「名称はどーでもいいからっ!急になんだよ!」 「・・・キミだって急にしてきたじゃないか。ボクがしたらおかしいか」 「・・・いや、おかしかねェけど・・・〜っやっぱおかしいかな・・・」 「・・・友達なら、このくらいの悪ふざけは普通なんだろう・・・?」 「・・・う・・・ん」 初めてボクの腕に収めるキミの体は、こんな寒い夜なのにとても熱を持っているように暖かく感じて。思わずさらに抱き寄せようと力を入れると、小さく彼の苦しそうな息が漏れて、その時になってその首の細さに思い至った。 和谷さんの腕に締められていた細いその首が。 今、ボクの腕の中にある。 (彼の首に、腕をまわしたら、ボクなら) あの時想像しそうになった状況が、今、ここに現実となっている。 そう、ボクならきっと、和谷さんのように彼を苦しめることなど出来ずに、そっと抱き締めてしまいそうだとあの時は思ったのに。 この腕の力を緩めたら、彼はボクの腕から永遠に抜け出してしまって、二度と戻ってこない気がした。 強く、彼を抱き寄せる。 心臓が、痛かった。 今、息が苦しいのは、絶対に彼よりボクの方だと思った。 「・・・とうや・・・?」 探るような彼の呼びかけ。 キミは気付いているのだろうか。 ボクの、この醜い気持ちに。 キミが欲しいなんて。 思う自分は狂ってるって、頭ではわかっているのに。 どうしてだろう、ボクのこの腕はキミを放そうとしない。 「・・・ほら塔矢、そろそろ離れねェとオマエんちの近所なんだし 誰かに見られたら変に思われるぜ?」 茶化すように軽い口調でそう言われたけれど、ボクの腕をはずそうと触れてきたキミの指が微かに震えていて、ボクはものすごい自己嫌悪に陥った。 「・・・すまない」 拘束を解くと、キミは軽く深呼吸をしてから振り向いて 「どーだった?普通の友達みたいな悪ふざけ初体験は?」 と笑った。 ボクの気持ちに気付かなかったように。 ボクの気持ちに、気付きたくないかのように。 「・・・すまなかった」 ボクは、もう一度言った。 「バカだな、こういうことして謝らなくてもすむような友達が欲しかったんだろ? このくらいの力の首絞めなんて普通だよ」 「・・・普通、か」 「そうそう。ヘッドロック〜!って塔矢にやられたって市河さんに話したら驚きそうだな」 楽しそうに笑うキミの笑顔が、なんだか切なくて。 「・・・いいんだ、進藤。 ボクのこの感情が、普通じゃないってことぐらい、ちゃんとわかってるよ」 最初は、ただキミのことが誰よりも特別で、誰よりも大切で、失いたくないと、ただ、それだけだと思っていた。 触れたいと思うなんて。 ボクのものにしたいと思うなんて。 馬鹿げてる。 叶うはずがない、キミがボクのものになるなんて。 ボクの心を揺さぶる石の運び。 ボクの期待を裏切らないその強さ。 碁盤を挟んでボクに挑んでくるその瞳。 碁石を挟むその指。 初めて抱いた、その華奢な肩。 そのキミのすべてがボクのものになるなんて、そんなこと、あるわけがないのに。 「オマエが「普通」だったことなんてあるかよバカ」 突然、額を指ではじかれた。 たぶん、ボクは間の抜けた顔をしたんだと思う。 彼はそんなボクに「オマエぐらい常識外れで無茶苦茶なヤツオレの周りに他にいねェよ」と言って笑った。 「・・・冗談じゃない、ボクは本気だ。 本気でキミが好きなんだ。笑い事じゃない!」 「オマエが冗談言うヤツじゃないってことはイヤってほどわかってるって」 「・・・じゃあ、そんな風に笑うな。笑われて許せるほど、 ボクの気持ちは簡単じゃない」 「・・・そんな複雑に考えなくてもいいと思うけど」 「え?」 「オレ、別にイヤじゃないから。 そりゃ、「アイシテル」なんて言われちゃうとちょっとびっくりするけどさあ、 オマエがオレのことそんなに好きなんだなーって思うと、なんか嬉しいし」 「進藤・・・」 「好きだよ、オレだってオマエが好きだ。 だから別にオマエ一人がそんな辛そうに背負い込むことねェよ」 そう言ってキミは笑顔を見せる。とても、嬉しいことを言ってもらえてるはずなのに、心から喜べない。なぜなら、 「キミに好きだと言ってもらえてとても嬉しい。 でも、だからといってキミはボクを抱き締めたいとか、 そういう衝動ってないだろう?」 彼のボクに対する「好き」は、きっと和谷さんや伊角さんへの気持ちと同等のものだから。 「そりゃ・・・まあ・・・そういうのよくわかんねェけど、 でもオマエに抱き締められるの、イヤじゃなかった。 なんか、ドキドキしたし。たぶん・・・嬉しかったんだと思う」 「・・・どうして」 「どうしてってそりゃ・・・オマエが好きだから、かな?」 「かな?ってボクに聞くな、バカ」 思わず、笑ってしまった。 ボクも人のことは言えないが、彼は恋愛に対してまだまだ子供なんだろう。 だから好きとか嫌いとか、男とか女とか、ましてや抱き締めたいという衝動がどこから沸き起こってくるかなんて、深く考えることなどないのだろう。 「バカとはなんだよバカとは!」 「バカじゃなければ子供だな、お・こ・さ・ま・だ」 そんな風に返す自分も子供だと思うけれど。 すると進藤は一瞬ニヤリと笑って 「ふざけんなコンニャロ!」 と再びボクにヘッドロックをかける。 ・・・やっぱりバカだキミは。こんな風にキミを近くに感じたら、ボクがどうなってしまうかぐらい少しは考えるべきだ。・・・ああもう、クラクラする。 「・・・進藤」 「ん?」 「今日は、ボクの誕生日なんだ」 |
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