◆Akira-Side◆ 「あれ?あかり?久しぶりじゃん、どうしたんだ?」 「どうしたじゃないでしょ! あかりちゃんにホワイトデーのお返しまだ渡してないんですって? ちょうど部活帰りのあかりちゃんに会ったから、 アンタが帰ってくるの待ってもらってたのよ」 「おばさんおばさんっ べ、別にお返しなんていいのよ。 ただ、最近ヒカルに会ってないから元気かなーって思って」 「オウ、元気だぞ。オマエも変わりなさそうじゃん。囲碁部、頑張ってるのか?」 「頑張ってるよ! もうすぐ大会だから、ヒカルに指導碁してもらおうと思ってたけど・・・」 そう言ってチラリとボクを見た彼女と目が合った。 「今日は帰るね。また今度教えてね」 帰ろうとする彼女を 「待てって、お返し用意してあるし」 と彼は呼び止める。 「・・・進藤、そしたら今日はボクが帰るよ。 藤崎さんに会うの久しぶりなんだろう?指導碁してあげるといいよ」 平静を、装えただろうか。笑顔で、言えただろうか。 こんな風に偽らなければならない自分が苦しくて悔しくて。 そんな自分を、醜いと思った。 「・・・塔矢だってせっかく来たんだろ。 いいじゃん、オレと塔矢であかりの指導碁したってさ。 あかりだってオレ以外の棋士と打ってみたいだろ?」 「いや、でも・・・」 そんな風に言うなんて、彼は本当に彼女の気持ちに気付いていないのだろうか・・・。 久しぶりなのだから二人きりが良いに決まってる。 ところが。 「え!?塔矢くんに指導碁してもらえるの!?」 驚いたことに彼女は笑顔でボクを見た。 「いいだろ?塔矢。コイツまだヘボだけど、そこそこ上手くなってきたからさ」 「もう、ヒカルは一言多いのよ!」 彼女は拳を振り上げて進藤を叩こうとする。進藤はそれに合わせて身を引いたけれど、叩かれないことはわかっているようなそぶりで笑っていた。 自然なコミュニケーション。 きっと、二人で過ごした時の長さが与えるもの。 「オレの部屋、行こうぜ?」 ボクの気持ちになどまるで気付いていないような笑顔を見せる彼。 ・・・いや、きっと本当に気付いていない。 ボクのこの醜い気持ちにも、彼女の気持ちにも。 でも、もしも彼女の気持ちに気付いてしまったら・・・彼はどうするのだろうか。 「じゃ、まず塔矢があかりと打ってやれよ。オレ見てるから」 彼は部屋の中央に碁盤を運ぶ。 初めて入った彼の部屋。雑誌や漫画が少し散らばっている程度で思ったより片付いていた。派手な赤い冷蔵庫が目を引く。・・・が、どうやら電源が入っていないようだ。何に使っているのだろう。 本棚には漫画に混ざって棋譜集や詰碁集が―――お父さんのものも―――ある。 碁盤はよく使い込まれているようだった。この碁盤に、彼は毎日向かっているのだ。 「じゃ、じゃあお願いしていいかな?塔矢くん」 「そうだね、まず一局打とうか」 緊張した面持ちでボクを見る彼女に笑顔で答える。 不思議と本心から微笑むことが出来た。 正直言って最初は彼女が碁を打つ理由は彼のためだけだと思っていた。 でも、それは誤解だったようだ。 彼女は純粋に、碁を好きなようにみえる。 つまらないことにこだわっていないできちんと打たないと失礼にあたるだろう。 「ええと・・・九子置いていいかな?」 遠慮がちに聞いてくる彼女に、 「九子じゃイチコロだって!もっと置けよ」 と彼はあきれたように言う。 羨ましいほどに遠慮のない関係だな。 ・・・いや、ボクに対しても彼は遠慮なんかないか。 「九子でいいよ。それでちゃんとした碁にするから」 「っ・・・・・・」 突然、彼の表情が変わった。 息を飲んで、ボクを見る。 「・・・どうした?」 「・・・っ別に、どーもしねェよ。ほら、時間もねェし、さっさと始める!」 「・・・じゃあ・・・、お願いします」 「お、おねがいしますっ」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆Hikaru-Side◆ 『九子でいいですよ、ヒカル。 それでちゃんとした碁にしますから』 塔矢先生との対局前夜。 あの時も、九子置いていいかと聞いたあかり。 アイツと、同じ言葉を口にした塔矢。 繰り返された会話。 たったそれだけのことで、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。 代わりになんかならない、代わりになんか出来ない。 代わりなんかじゃない。 それだけは確かなのに。 オレは今確かに、塔矢とアイツを重ねて見ていた。 あかりと打つ塔矢の顔は穏やかで、あの時のアイツと同じだった。 まだまだヘボなあかりの石を導くように置かれる石も、アイツと同じ。 碁に対する真っ直ぐな姿勢、その揺るがない強さ。 碁に関しては一切オレに甘えを許さないところも。 真っ直ぐで綺麗な黒い髪も。 塔矢とアイツの似ているところを見つけるたびに、胸が、痛い。 「・・・負けました」 あかりが投了した。 塔矢は宣言どおり、「ちゃんとした碁」にしていた。 それにしても、あかりもけっこう上達したな。 塔矢の打ち方が良かったのかな。 「塔矢くん、ねえ、ここの部分、私、こう打った方が良かったのかなあ?」 「お、あかり、なかなか目の付け所がいいじゃん。 そうそう、そこがポイントだったよなあ」 「そうだね、藤崎さんが打ったこの手だと、 こちらの黒石は活きるけど、こちらが死んでしまう。 つい、目先の良い手にいってしまいがちだけど、 両方活かすためにはここである程度の犠牲は必要だよね」 塔矢は手本を見せるべく石を並べていく。 「そっかあ・・・。 塔矢くんって指導碁上手ね!すっごく打ちやすかったし、わかりやすい」 「あ、なんだよオレにはそんなこと言わないくせに」 「だってヒカルはすーぐ『こんなヘボい手打つなよ』とか言うし!」 「それは、あかりの実力なら気を付ければもっといい手が打てると思うからだろ!」 「え?そうなんだ、そっか」 「うん、でもそうだね。藤崎さん、なかなか良い碁を打ってると思うけど、 進藤の言うとおりもったいないと思う手が2、3あった。 それがなくなればもっと強くなれるよ」 「ホント?よーし!大会に向けて頑張らなくちゃ!」 ・・・うーん、なんか、塔矢ってばあかりにやけに優しくないか? あかりも、オレに対する態度と全然違うじゃん。 なんだよ、ちょっと顔赤くなってねェか? もしかして・・・あかりのヤツ、塔矢のこと好きになっちゃったり・・・う〜〜〜ん・・・。 なんて思いながら、二人の検討を見ていたら、 「ヒカルー!和谷くんから電話よー!」 と下からお母さんの呼ぶ声がした。 「はーい! ・・・悪ィ、オレちょっと行ってくる」 「「うん」」 ハモるように返事をする二人。 う、なんかヤダな、二人っきりにするの。チクショウ、恨むぜ和谷。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆Akira-Side◆ 「・・・ねえ、塔矢くん、ちょっと聞いていいかなあ?」 「何?」 「今日、ヒカルとどこ行ってたの?」 「ええと・・・ラーメン食べに」 「ラーメン?」 「うん、進藤が食べたいって店があって、そこに」 なんとなく、それが遠く横浜だったとは言いたくなかった。 こういう時、もしもボクが女性だったら、わざと横浜だとアピールして牽制したりするのかな・・・。 「へえ・・・ヒカルと塔矢くん、ずいぶん仲良くなったのね」 「・・・そうかな」 「うん。だって、前はこう、ライバル!!ってゆーか、 友達っぽくはなかったじゃない? 海王戦でヒカルが負けた後はとくに・・・。 あの頃ヒカル、塔矢くんに追いつきたくて必死だったもんね。 そっか、努力が実ったんだね。 あ、でもまだまだ塔矢くんの方が上かな?」 そう言って笑う彼女。ボクの知らない彼を、いろいろ知っているんだよな・・・。 「進藤・・・ボクのこと何か言ってたの?」 「何か、どころじゃないよ。 せっかく囲碁部も人数が揃って、大会にも出られて ますます盛り上がるってところでいきなり塔矢くんに追いつくために プロになるなんて言い出して・・・。 ほら、院生って大会に出られないじゃない? だからヒカル、部を辞める時にはかなりもめたんだよ・・・。 私も、ホントはヒカルと一緒に囲碁部やりたかった。 でも・・・ヒカルは、私たちより・・・塔矢くんを選んだんだよ」 そう言って寂しそうに、微笑んだ。 「なんてね、そんなこと言われても塔矢くん困るよね」 「・・・でも、キミは碁をやめなかったんだね」 「え?・・・うん、そうね。 ヒカルが碁を続ける限り続けようって思ったの。 ヒカルが、突然遠い世界を目指して行ってしまったけど、 碁を続けていれば、繋がっていられるかな・・・って。 ・・・や、やだ、私、塔矢くんに何言ってるんだろっ」 「・・・ずっと好きなんだね、進藤のことが」 そう、言わずにはいられなかった。 本当は、知らないふりをしていたかった。 彼女が進藤を好きだということに微塵も気付いてなかったと。 知らなければボクが彼を好きになったことが許されるわけでもないのに。 「!・・・わ、私・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、うん。 あ、で、でもヒカルには内緒ねっ!絶対言わないでね!?」 「・・・うん」 「・・・中学の囲碁部の友達にもね、バレバレだったんだあ・・・。 でもね、ヒカルには全然伝わらないの。笑っちゃうでしょ? でもそこがヒカルらしいっていうか」 照れ隠しのように笑って話す彼女の顔は赤く染まっていた。 「・・・ねえ、塔矢くん」 「何?」 「・・・ヒカル・・・プロになって・・・ いろんな人との出逢いがあるよね・・・? ヒカルのこと好きな人とか・・・ ヒカルに好きな人出来たり・・・したのかな、知ってる?」 いるよ、相手はボクだよ、と言ったら、どんな顔されるだろうか。 言えるわけもないが。 バレンタインの時に、ああ、彼はボクの気持ちを受け入れてくれるんだな、と思えた。 でも、明確なものは、ボクらの間にはまだないのだ。 「・・・進藤のことを想っている人がいるのは知っている」 「・・・そ、そう、いるんだ。 ヒカルは・・・その人のこと・・・どう思ってるのかな?」 「・・・藤崎さん」 「は、はい」 「たとえば、今まで特別意識していなかった人から好きだと言われたら、 あらためてその人のことを考えてみようと思うよね? 今の進藤は、きっと、そういう状態だと思う。 ・・・藤崎さんは、進藤に気持ちを伝えないの?」 もしも、彼がそれで迷うようなら、「彼女の元へいってあげて」と、言えると思えた。 藤崎さんが相手なら、許せるような気がした。 たぶん、そんなのは今だけ思える綺麗事だろうけど、今この瞬間は確かにそう思ってしまっている自分がいることも事実だった。 女性を愛して、結婚して、子供が産まれる。 そういう、当たり前の人生を、歩む権利が彼にはある。 ・・・ボクの、この歪んだ気持ちを受け入れて、 歪んだ道を歩むより、 きっと、幸せな未来が。 「あかりィ、そろそろ帰った方がいいぞ。いつの間にか十時だし」 突然ドアが開いて進藤が戻ってきた瞬間、ボクらは同様にギクリとした顔をして彼を見たのだろう、「・・・どうした?」と問う彼に「急に入ってきたから驚いたんだ」とボクは答え、彼女は赤くなっていた顔を隠すように俯いた。 「お母さんが送っていけってうるさいから、行くぞ、あかり」 「・・・じゃあ、ボクもそろそろ帰るよ」 一緒に立ち上がろうとすると、 「何言ってんだよ!オレとオマエで結局打ってねェじゃん! もう遅いし、オマエは泊まっていけよ」 「し、しかし・・・」 「いーじゃん、明日朝からなんかあるのか?」 「・・・いや」」 「じゃ、問題ないじゃん。オレ、あかり送ってくっからオマエは風呂にでも入ってろ」 タンスの中からスエットの上下を取り出してボクに投げてよこす。 「ついでにコンビニで泊まりに必要そうなもの買ってきてやる。ほら、行くぞ」 促されて部屋を出る。 廊下で会った母親に、 「お母さん、塔矢泊まってくことにしたから風呂の準備してやって。 オレ、あかり送って来るから」 「あら、塔矢くん、お家の方へは連絡大丈夫?」 「今、塔矢の親、中国行ってるから」 「そうなの?じゃあ、泊まってもらった方が良いわね」 「15分で戻るから」 そう言って、ボクの返事を待たずに藤崎さんと出て行ってしまった。 「友達」の家に泊まるなんて、初めての経験だった。 ボクは慣れないシャワー操作に苦戦しつつ、髪を洗う。 シャンプーを手にして思わず動きが止まる。 不意に、彼がそばにいるような錯覚。そうか、この香りだったんだ。 香りが記憶を蘇らせると何かで読んだことがあるけれど、初めてそれを体感した。 15分ぐらいで戻るから、と彼は藤崎さんと出て行った。 往復して、コンビニにも寄って15分とは、そうとう近所なのだろう。 彼が戻るまでのんびりさせてもらおうと、お湯に浸かりながらとボクは深く息を付く。 普段、ボクの入浴時間は30分ぐらいだ。 その感覚で行くと、いつもより手間取った分、30分以上経っている。 もう、帰って来ているだろうか、と思った時に、戸を叩く音がした。 「塔矢?良かった、まだ入ってたか。 パンツと歯ブラシ、コンビニで買ってきてやったから使え。 ここに置いとくから」 「あ、ああ、ありがとう。今上がるよ」 進藤が出て行った後の脱衣所に入る。 用意されていた下着はコンビニ商品らしいスタンダードな黒のトランクス。 正直、進藤がこういう事に気がまわるとは思っていなかったので意外な気がした。 そういえば、一人暮らしの院生仲間の部屋によく泊りがけで打ちに行くと言っていた。 そういうところで得る知恵なのだろう。 彼といると、自分の世界の狭さを思い知らされてばかりだと思った。 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆Hikaru-Side◆ 「おっ待たせ〜」 「・・・え?まだ10分ぐらいしかたってないんじゃないか!?」 「えー、普通だよ普通ー。オマエの風呂が長すぎだって」 ガシガシと髪を拭きながら部屋に戻ると、塔矢はまだ髪をドライヤーで乾かしている途中だった。 「あ、ごめん。ドライヤー、もう終わるから」 そうは言いながらもまだあんまり乾いていない感じだった。 (ちなみに塔矢は風呂上りにオレが買ってきた歯ブラシで5分以上歯を磨いていた。 そういえば虫歯なさそうなイメージだよなあ) 「いいよ別に。オレ、いつもテキトーに乾かしてるし。 あ、そうだ!」 オレは電源が入ったままのドライヤーを塔矢から取り上げる。 「オレが乾かしてやる」 「えっ!?」 塔矢は驚いて逃げようとしやがったけど、オレは塔矢の頭を押さえてドライヤーの風を当てた。 「あー、やっぱいいな、オマエの髪、サラサラで」 風で乱れる髪を指で梳く。 オレの髪と全然違う。まるで抵抗なんかなくて、梳いた指がスルスルと落ちていく。 「・・・ウチのシャンプーの匂いがする」 塔矢の髪からふわりと漂う甘い香り。 慣れ親しんだシャンプーの香りのはずなのに、なんだか少し、ドキドキした。 「そーいやあかりが「塔矢くんにちゃんとお礼言ってなかったから かわりに言っておいて」って言ってたな。 っつーわけで、「指導碁、ありがとーございました!」」 照れくさくて話題をそらす。ところが、 「・・・以前、碁会所で市河さんが藤崎さんは進藤のことが 好きなんだろうと言ったのを覚えているか?」 と、思いもよらぬ話題を振られた。 「え?・・・あー・・・あったな、そういえば」 たしか、北島さんがオレには碁会所に連れて来れるような女の知り合いなんて、いるはずないって言うから、あかりを連れてこようとかって話になったんだよな。 そしたら市河さんが、あかりはオレのことが好きだから碁を始めたんだろうって言って・・・。 ・・・あの頃はオレ、誰かを好きとか、そういう恋愛みたいなこと、考えることすらなかったよなァ。 「・・・進藤」 塔矢は目を閉じて俯いた。 小さく肩が上下して、塔矢がゆっくり大きく息を吸ったのが腕越しに伝わってきた。 「・・・彼女のこと、どう想ってる?」 「ど、どうって・・・幼なじみだよ。 なんだよ、あれ?もしかして、やきもちとか?」 塔矢があまりにも深刻そうなので、ちょっと茶化すように聞いてみる。 「・・・そうだね、これは、嫉妬だ」 塔矢が顔を上げる。 鏡に映る塔矢の瞳と目が合った。 「知らなかったんだ。 人を好きになるのがこんなに苦しいなんて。 でも・・・キミを好きだと想ってからは、そんな気持ちばかり味わってる。 ・・・キミが彼女と話しているのを見るだけで心が痛いなんて 我ながら心が狭いとは思うんだけど・・・でも、ダメだな、やっぱり」 塔矢が小さくため息をつく。 オレも、つられて息を吐き出す。 「・・・なんだ、そっか」 「え?」 「いや、実はオレもさー、今日オマエとあかりがさー、 なんかすっごい雰囲気良さ気にしゃべってるから、 もしかして塔矢、あかりに惚れちゃった?って思ったんだー。 だって前にもあかりのこと「可愛い」とか言ってたしさー。 そっか、良かった、やきもちか」 「進藤・・・?」 「オレってほんっとそういうトコ鈍いんだなー。やっと自覚した。 さっきは塔矢とオレとじゃ全然態度が違うあかりを見てさ、 てっきりあかりのヤツ、塔矢のこと好きになっちゃったのかな って思ったんだけど違うしさー」 「・・・藤崎さんに好きだと言われたか?」 「え!?な、なんで!?」 「ボクじゃないってわかったということは、彼女が本当は誰が好きなのか わかったんだろう?」 ・・・なんて勘がいいんだ。 オレと大違いだ・・・・・。 「・・・え、と、うん、まあ」 「・・・返事は、したのか?」 「・・・うん」 「・・・なんて?」 「えっと・・・それは・・・その」 ・・・い、言えない。 だって、あかりへの返事を塔矢に教えるってことは、つまり・・・ううう。 「・・・進藤」 鏡越しに、塔矢がオレを見つめる。 「・・・彼女を選ぶのは、キミの当然の権利だと思う」 「え・・・?」 「きっと、彼女を選んだ方が、キミにとっても良いだろう」 「・・・なんで」 「当たり前だろう。ボクは男だし、彼女は女性だ。 普通に考えれば、彼女を選んで当然だとボクでも思う。 キミが、普通の恋愛を望んだら、ボクが出る幕なんかない。 ・・・キミを好きだと自覚した時から、覚悟はしている。 でも、あきらめるというわけじゃない。 何があっても、キミのそばで、碁を打っていたい。 それだけは、誰にも譲らない。 キミへの想いも、変わりはしない」 ・・・ああ、コイツって、どこまで真っ直ぐなんだろう。 それに比べてオレは、自分の気持ちも素直に言えなくて。 オレにはないものを持っている塔矢。 だから、オレは・・・・・・ 背中から塔矢を、ギュッと抱き締めた。 首元に顔を埋めると、まだ、シャンプーの良い匂いがした。 「家に送ってく途中でさ、あかりに「ずっと好きだった」って、言われた。 驚いたよ、オレ、全然、そんな風に思ったことなくて。 とっさにどう答えればいいのかわからなかった。 あかりは大事な幼なじみだし、好きって言われて・・・嬉しかった。 小さい頃からの思い出とか、ぶわ〜っと蘇っちゃった」 気持ちがぐらつかなかったと言えば嘘になる。 あかりと過ごした日々が胸を駆け巡って、そんな時間が、この先、失われてしまうかもしれないということが無性に寂しくて、これからも変わらずそばにいて欲しいって、言いたくて言いたくて、でも、言えなかった。 もっと、失えないものがあるって、思ったから。 「でも、オレ・・・ごめんって言っちまった。 ・・・・・・好きなヤツ、いるから、ごめん、って・・・」 思わず大きく息を吐き出して、腕の力を緩めて、オレは塔矢の背中にもたれかかった。 心臓が、バクバクしてる。 オレの言葉を聞いたあかりは、「そっか」と言って、微笑んだ。 「ねえ、ヒカルが好きになった人ってどんな人?」 「えっと・・・そうだなあ・・・真面目で、頑固、だな」 「・・・?そこが好きなの?」 「いや、そこがっていうか、まァそこもアイツらしくて良いんだけど うーん、そうだなあ、どこがって言われるとわかんねェけど・・・ 引きつけられるってゆーか・・・ずっと、一緒にいたいって思っちゃうんだ」 「・・・私もヒカルとずっと一緒にいたかったな」 そう言ったあかりが笑顔だったから、余計にあかりの切ない気持ちっていうか、そういうのが伝わってきて、オレはその時になってやっと、どれだけあかりがオレのことを想ってくれていたかに気付いた。 いつからだったんだろう、あかりがオレのことをそんな風に想ってくれたのは。 全然気付かないオレに、哀しい想いもしたんだろう。 「一度「好き」って言葉にしちゃったら、どっちにしろ今まで通りでいられなくなるよな。 それなのに、ちゃんと伝えようとする勇気ってすごいよ。 オレ、オマエのその気持ちはすっげェ嬉しいと思う。でも、ごめんな」 「・・・ううん、ヒカルは悪くないよ。あーでもやっぱり哀しいな! ヒカルは全然気付いてなかったけど、もう、ずっと前から好きだったんだから! もしも・・・ヒカルに好きな人が出来る前に、この気持ち伝えてたら・・・ ちょっとは結果、違ったかな?」 「・・・わかんねェ、オレ、ガキだったし。 でも・・・そうだな、オマエのこと、幼なじみってだけじゃない 目で見るようにはなったかな・・・」 実際、今もそんな感じだった。 「好き」って言葉は魔法みたいだ。一言唱えられたたけで、もう、今までと全然違う相手になっちまう。 「塔矢くんの言った通りだ」 「え?」 「ヒカルのこと好きな人がいるんだって?」 「塔矢が言ったのか?」 「うん。「好きって言われたら、その人のことを考えるようになる。 今のヒカルはそういう状態だ」って塔矢くん言ってた」 塔矢のヤツ・・・。 でも、図星だよな。気付けばアイツのことばかり考えてるんだから。 「そっか〜、私に対してもそういう気持ちになってくれたかもしれないのか、残念。 ・・・で、ヒカルは、その人のことを考えて、好きなんだって、思ったんだね」 「・・・・・・うん」 「もう、相手にはヒカルの答え伝えたの?」 「いや・・・まだ、かな。伝えたような伝えてないような・・・。 怖いのかも。やっぱりさ、伝えちゃったら、変わっちゃうものってあるだろ?」 「そうだけど、でも、伝えないでいると、私みたいにチャンス逃しちゃうよ。 だから、頑張って、ヒカル」 真っ直ぐにオレの目を見つめるあかり。 ・・・そうだな、もしも、あかりからもっと早く気持ちを告げられてたら、違う結果だったかもな。 「・・・うん、ありがとな、あかり」 「よし!私も気持ちの区切りがついたし、これからはもっといろいろな 人にも目を向けなきゃね! 今度はヒカルよりずっと大人っぽい落ち着いた人がいいかも。 あ、塔矢くんとか素敵よね?彼女いるの?」 「はァ!?塔矢はダメ!あ・・・じゃなくてやめとけ! アイツ、今日はあかりの前で猫かぶってたけど、 ホントは短気で怒りっぽいし我がままだし」 「ウソウソ冗談よ。相手が塔矢くんじゃ、またずっとヒカルが そばにいることになるもんね。 そしたらずっと、忘れられないもん」 「あかり・・・」 「あーダメだ〜!これ以上しゃべってたら、どんどん未練がましくなっちゃうっ いい?ヒカル、ちゃんと相手に想いを伝えるんだよ? 両想いになるチャンス、逃しちゃダメだからね」 そう言ってクルリと背を向けてあかりは走って行った。 語尾が震えていた声、顔を背けた瞬間に宙を飛んだ涙の雫がオレの心を締め付けた。 どんなに好きでも、伝わらない想いがあるんだ。 あかりや、 バレンタインの時に、塔矢にチョコをあげた女の子や、 他にも、たくさんの人が、伝わらない想いに苦しんでる。 きっと、両想いだったとしても、気持ちなんて全部伝わらないだろう。 それでも人を好きになるなんて、すごい事だと思った。 そういうことに、やっと気付いた。 あかりや、塔矢が、オレに対してちゃんと言ってくれたように、オレも、ちゃんと伝えなきゃ。この先、誰も、一歩も進めない。 抱き締めていたオレの手をほどいた塔矢がゆっくり振り向いた。至近距離で目が合った。 オレは、深呼吸して切り出した。 「・・・不安にさせて、ごめんな。 オレ、ずっとオマエに甘えてた。 でも、やっぱりちゃんと言っとくよ。 オレも、ずっとオマエにそばにいてほしい。 オレが他の人を好きになってもいいなんて、許すなよ。 オレのこと、ずっと捕まえてて。 オマエが好きだよ、塔矢。 ・・・友達としてじゃなくて、ちゃんとってゆーか、 その・・・だからって何が違うんだって言われたら よくわかんねェけど、でも、オレ、塔矢が他の人 好きになったりしたら絶対やだし、ってゆーか、 許さねェと思うし、だから、そういう意味で、 オマエのこと独占したいし、されたい」 塔矢の瞳が揺れた。 オレも、震えてたかもしれない。 塔矢に好きだと言われてから、どれくらいたっただろうか。 最初から、塔矢はオレにとって特別だった。 好きだなんて言葉にしなくても、毎日碁会所で打って、ケンカもしょっちゅうだったけど、なんだかんだと気付けば誰よりも長い時間を一緒に過ごしてた。 そういう時間が、続くって思ってた。 でも、違うよな。 お互い、彼女が出来たらそんな風には過ごせない。 だからきっと塔矢は、オレに好きだって言ったんだ。 失うかもしれないリスクを負ってでも、互いの一番でいたかったから。 恋とか愛とか、正直今でもよくわからない。 塔矢に対する気持ちも、今、一番強いのはそういうものより「独占欲」が上かもしれない。 恋人同士みたいに過ごしたいかって言われたら、違うかもしれないけど、望まれたら嫌だとも思えない。 現に、目を閉じた塔矢が近付けてきた唇を、オレは自然に受け止めてしまう。 こんなキスはバレンタインの日以来だ。 あの時のオレはひたすら緊張してて、受け入れるだけで精一杯だったけど、今は、オレからも求めることが出来る。 永遠なんて、きっとない。 でも、いつか失う時がきても、何も気付いてやれずに何もしてやらずに終わるなんて後悔だけは、したくない。 初めてのキスはオレからだった。 そう、最初から、塔矢とこういうことをするのが嫌じゃなかった。 今思えば、塔矢だけは、オレにとって何もかも全部特別だったんだ。 他の人に対して思う常識とかそういうの、全然考えられなくなっちまう。 ずっと、塔矢を追いかけてきた。 今まで、何一つ夢中になんてなることのなかったオレが、 何もかも忘れて、いろいろなものを捨てて、それでも、追いかけ続けた。 ずっと、ひたすら、塔矢だけを。 ・・・そっか。 オレがお子様で、それが恋だって、気付いてなかっただけなんだ。 ・・・ホントはずっと、ずっと、好きだったんだ。 唇を離した塔矢の頬が、仄かに赤く染まっていた。 オレからもう一度軽くチュッとしてやったら、ますます赤くなる。 「・・・よし。オマエもまだまだ子供だな」 オレだけじゃないな、うん。 「なっ・・・!ま、まだ慣れてないだけだ!」 「・・・慣れるための相手はオレだけにしろよ?」 「!当たり前だ!」 「へへっ」 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆Akira-Side◆ パチンと手のひらで頬を挟まれた。 「そーゆーわけだから!わかったな!? 〜〜〜あ〜〜〜もうはっずかしいなあっ よくオマエもあかりもオレに言おうって気になったな、すげェよやっぱ。 でもオレはガラじゃねェよ〜はい!終わり! さ、碁でも打とうぜ?」 そう言って立ち上がって碁盤を取りに行く。 でも、まだボクの思考はそんな彼に全然付いていってなくて。 ・・・ああ、なんでこんなに回転が遅くなっているんだ! ボクは、頭を振って気合を入れる。 「進藤!」 「な、なんだよ!?」 「・・・ボクのことが、好きなんだな?」 「・・・はぁ!?聞き返すなよ!」 「し、しかし、なんというか、信じられなくて」 「なんで」 「だって・・・ボクは・・・男だぞ?」 「オマエがそれを今さら言うかぁ!?」 「そ、それはそうだが、でも、藤崎さんの方が良いとは思わないのか?」 「・・・なんだよ、嬉しくないのかよ」 「!嬉しい!嬉しいけど、でも! ボクが相手では結婚も出来ないし、子供も作れないし・・・ 藤崎さんとなら当たり前に得られる幸せが、得られないんだぞ」 「そんなの、オマエだってそうじゃん。 オレは、自分の幸せが何かは、自分で決める」 再び、進藤がボクの前に座る。 「オマエだって、それでもオレを選んでくれたんだろ?」 「・・・ああ」 「じゃあ、それでいいじゃん。オレ、ちゃんと今、幸せだよ」 笑顔でそう言った彼に、なぜだか心が痛くなった。 本当に、いいのだろうか。 彼は、後悔しないだろうか。 こんなボクを、選んでしまうなんて。 「・・・進藤」 「ん?」 「藤崎さんには本当に悪いと思う。 でも、やっぱりキミを譲りたくはない。 だから、彼女の想いの分まで、ボクはキミを幸せにしたい」 ボクの言葉に一瞬固まった彼だったが、やがて大声で怒鳴られた。 「寝言は寝て言え!!よくそんなこと素面で言えるな!!」 「ボクは真剣だ!」 「プ、プロポーズじゃあるまいし」 「そう捉えてもらってかまわない」 「バ、バカか!?っつーか、バカだ!」 「なぜだ!?さっきはボクが好きだと言ってくれたじゃ・・んぐ」 手で口を押さえられた。 「ストップストップ〜〜っお母さんに聞こえる!」 「・・・んんん(ごめん)」 そうだった、ここは進藤の部屋だった。 「・・・オマエの気持ちはよくわかったし、嬉しいから! でも、やっぱまだ恥ずかしくって言葉で聞くのは慣れねェよ」 顔を赤くして目をそらされる。 進藤は、言葉より態度で示すタイプなのかな。 ボクはどちらかというと、キミに触れる時の方がドキドキするけれど。 「・・・じゃあ、これからはボクで慣れてくれ」 さっきのお返しだ。 「・・・はァ。 ま、オマエが自分の気持ちを真っ直ぐ伝えてくるのは 今に始まったことじゃないもんな」 あきれたようにため息をつかれたけれど、その顔は笑顔だった。 最初は、想いが伝わらなくても、そばにいられればいいと思っていた。 でも、そんな風に思えたのは、「想いが伝わってほしい」と思える相手に出会っていなかったからだ。 想いが叶うことが、こんなにも幸せなことだったなんて、知らなかった。 彼も幸せだと言ってくれたけれど、ボクと同じような気持ちになったからだろうか。 そうだとしたら、こんな幸せは他にはない。 そう、思った。 2度ほど打った早碁は、一勝ずつの引き分けだった。 最近、早碁では彼に勝つのが厳しくなっている。今日も、辛うじての一勝だった。彼の一瞬の閃きは、年々鋭さを増しているようだ。 「もうすぐ十二時かあ・・・」 「そろそろ寝ようか?」 「そうだな」 ボクらは碁石を片付ける。 それから、碁盤を部屋の隅に運んだ彼は、母親が用意してくれた客用の布団へ向かう。 「進藤、ボクがそっちで寝るよ」 「いい、オマエ、ベッドで寝ろよ」 「いや、布団でいいよ。家でも布団だし」 「・・・ふっふっふっ」 「な・・・なんだ?」 「ベッドから転がり落ちるオマエが見たい!」 「なっ・・・!」 「オマエ、ベッドに慣れてねェだろ? ベッドから落ちる塔矢・・・想像するだけで笑える〜!」 「ボクの寝相は悪くない!キミこそ、毎日落ちていて ボクにその姿を見せたくないんじゃないのか!?」 「シィーッ!声がデカイよ! ・・・オレは寝相いいもん。じゃ、まあそういうわけで、おやすみ」 そう言って彼は部屋の電気を消してしまう。 なんなんだ一体。 ・・・まあいい。実際ボクの寝相は悪くない。 彼には悪いが、落ちることはないだろう。 そう思いながら、ベットに入ったのだが。 (・・・・・・進藤の匂いがする) 心臓が、バクバクと脈を打ち出した。 気付けば彼の規則正しい寝息が聞こえてくるほど時間が経っていた。 ・・・眠れない。 シャンプーとか洗剤とか、そんなほんのわずかな香りなのに。 ・・・彼に、包まれている気分になってしまう。 カーテンからもれる月の光で、下の布団で寝る彼の輪郭が見える。 触れたい。 そう思ってしまったら、ますます眠れなくなった。 そんな自分に、驚いてしまう。 今になって、初めて気付いた。 一度好きだと思ってしまったら、もう、限度なんかなくなってしまうんだ。 ずっとそばにいて欲しいと思った。 そばにいたら、触れたくなった。 触れてしまったら、もっと求めたくなってしまう。 そうやって、強くなっていった気持ちは、最後にはどうなってしまうのだろう。 終わりなんて、あるのだろうか。 わき起こってくる感情を、いつまで抑えることが出来るのだろう。 ボクの衝動を知らずに月明かりの中で眠る彼の姿は、そんなボクの気持ちとは真逆のように綺麗で、ボクを切なくさせる。 近付けたと思ったけれど、キミとボクの間は、まだ、きっと、遠い。 そんなことを考えて「眠れない」と思っていたのにいつの間にか寝てしまっていたらしい。 パタンと戸が閉まる小さな音で目が覚めた。 見ると、布団から彼がいなくなっていた。 慣れない寝場所で、眠りが浅くなっているのだろうか。そうだとしたら、やはり悪いことをしたな。戻ってきたら、場所をかわろうか。 でも、今まで彼が寝ていた布団で寝るというのも・・・。 そんなことを考えているうちに、戸が開いて、彼が戻って来た。 ボクはとりあえず寝たふりをする。 ところが。 「!・・・っ」 突然毛布がめくられて、彼が中に入ってきた。 ・・・と思ったら、そのまま、ストンと寝てしまった。 ・・・・・・ね、寝ぼけているのか? 「・・・進藤?」 小さく呼びかけてはみたが、どうやら寝たふりでもないようで。 習慣で、ベットに入ってしまったのだろうか。 触れたいと、焦がれた彼がここにいる。 いっそこのまま、ボクのこの心のように彼を汚してしまいたいという欲求にかられる。 この先もずっと、彼といる限り、こんな嵐のような感情がボクを襲うのだと、この時になってやっと気付いた。 「ヒカル〜、塔矢く〜ん、そろそろ朝ご飯よ〜!」 「・・・ん〜〜・・・」 「おはよう」 起こされているのに毛布の中にもぐりこんでいく進藤に呼びかける。 「ん・・・おはよ・・・」 しぶしぶと言った感じで布団から顔を出すと、 「・・・あれ?なんでオマエが布団で寝てるんだ?」 と聞かれて朝から血圧が上がっていく思いだ。 「あ!さては落ちたんだろ!ほらな、やっぱり落ちると思ったんだ! しまった〜瞬間を見逃した〜!」 罪のない笑顔で笑われて、 「キミがベットで寝ている理由を先に考えたらどうだ」 と冷たく睨み返す。 「・・・あれ?そういえば、なんでだ?」 ため息ついて、無視。 「塔矢、なんか眠そうだな」 あっさり話題を切り替えられる。 「・・・誰のせいだと思ってる」 「え?オレのせい?」 「そうじゃなかったらキミがベッドで寝ている理由はなんだ?」 「・・・そーいや、夜中にトイレ行ったような・・・あ、それで オレ、間違えてベッドで寝ちゃったのか?」 「思い出したか」 「んーなんとなく。なんだ、でもそれなら一緒に寝れば良かったのに。 オレ、寝相悪くないだろ?わざわざ布団に移らなくても」 ・・・一緒に寝ればだと!? それが出来れば、こんな苦労はしない! ボクがどれだけの理性を総動員して、キミから離れて寝たと思っているんだ! ・・・と思ったが、それが完全な八つ当たりだということもわかっていた。 それでも堪えられなかったため息をついてから、 「・・・今度はそうするよ」 と答えたら、 「ああ」 と無邪気な笑顔で言われて力が抜ける。 ・・・まあ、でも、今はこれでいいのかもしれない。 決して叶うはずがないだろうと思っていた想いも叶って、 こうして、そばにいられるのだから。 来年のホワイトデーまでぐらいには、彼の目覚めを間近で見られる距離にまで縮まっていたい、なんて、気の長い話だけど、ボクらにはきっとそれくらいがちょうどいい。 ボクらの時間はきっと人よりも遅いけれど、少しずつ、一歩前へ進んでいるのだから。 END
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