このお話は昨年のアキラ君誕生日小説
「心交差」の続編です。
未読の方はそちらからお読み下さい。

オリジナルのヒカルの元カノが登場します。
そういうのが嫌いな方はご注意ください。
でもちゃんとアキヒカです!

(12.12.14)


「すれ違いバースデー」



「あら、おめかしして、これから誕生日デート?」
 棋院のロビーで奈瀬に声をかけられる。
「いや、女性ファッション誌の取材。スタイリストさんが用意してくれた服なんだけど、
 我ながら似合うから買い取っちゃった」
 ヒカルはジャケットの前を開けてポーズをとってみせる。
「まったく、スタイリスト付で雑誌の取材なんて、塔矢ならともかく
 進藤がそんな扱いになるなんて院生の頃からは想像出来ないわね」
「なんで塔矢はともかく、なんだよ」
 そう問いかけたものの、自分でもそう思うヒカルである。
「あ、そうか、誕生日なのに恋人は大阪だったわね」
 急に奈瀬が話題をかえる。
「よくオレの誕生日だって覚えてたな。・・・ってゆーか、誰が恋人だよ」
「はいはい。ね、じゃあ今日皆で飲みに行かない?和谷とか伊角さんとか誘って」
「あ〜悪ィ、今日は用事ある」
「え〜、つまんない。何、まさかこれから大阪行くの?」
「行かねえよ!なんでオレがそんなことしなきゃなんねェんだよ。
 アイツが戻って来いっつーの!・・・あ」
 簡単な誘導に引っかかってしまった。
 アキラとの関係。周りには否定し続けているけれど、近しい人間にはバレバレらしい。とはいえ、あからさまに聞いてくるのは奈瀬ぐらいなものだが。
「はっは〜〜ん、誕生日を一緒に過ごせないことで、ケンカしたわね?」
「だ、だから、そんなんじゃねェって!」
 半分図星。女は怖い。ハズレているのは怒っているのはヒカルだけで、アキラは気にもとめていないだろうということ。ケンカにすらなっていないのだ。
 そう、今日は、アキラと恋人同士になって初めて迎えるヒカルの誕生日。去年のアキラの誕生日は、ヒカルの想いがアキラに届いた特別な日となったから、自分の誕生日も一緒に過ごして幸せな日にしたかったのに。
 今日は木曜日。アキラは手合のため大阪に行ってしまった。そのまま土日と大阪でイベントの仕事が入っていて、来週まで戻って来ない。
 仕事だから、仕方がないのはわかっている。
 ただ、誕生日を一緒に過ごせないことに対する、アキラの反応の薄さがヒカルには気に入らないのである。
「別に当日じゃなくても、次に休みが合う時でいいじゃないか」
 とさらっと言われたのだ。少しでもすまなそうにしてくれれば、ヒカルだってしょうがないと許せたかもしれない。
 ヒカルがガッカリしていることが不思議そうだったことが、気に入らないのである。
「とにかく、オレ、用事あるから。あ、でも祝おうとしてくれてサンキュ」
 奈瀬が別の日に和谷たちと飲み会のセッティングをするというので、空いている日を伝えて棋院を出る。
 奈瀬には予定がある、と言ったものの、実は、何もなかった。
 奈瀬には悪いが、今日はアキラのことで茶化される気分ではない。
(さて、どーすっかな)
 ヒカルはとりあえず駅に向かった。



(お〜〜、相変わらず綺麗な夜景)
 ホテルのバーで、一人酒を飲む。
(う〜ん、大人って感じ)
 一杯1,500円以上するカクテルなんて、普段仲間内で行く店には存在しない。
 しかし実際ヒカルは死守し続けている本因坊の賞金だけでも毎年3,200万円の収入があり、他にも今は十段も持っている。貯金なんかとっくに億を超えたし、本当は毎日このレベルの生活が出来るのだ。自分も、アキラも。
 アキラはスーツなんかはオーダーで作ったりもするし、食事も行くとなったら高級店(と言っても自分の好みというよりは、緒方らに連れて行かれて美味しいと思ったお店というだけ)だし、金額を気にすることなくタクシーを使ったりするが、基本的には遊びや趣味に金を使うことをしない。
 ヒカル自身もそんなアキラといることが多いので金を使う機会がないし、アキラより服や食べ物に対する高級志向もないのでもしかしたらアキラよりも使う額は少ないかもしれない。
 スタイリストからブランド物の服を買う、なんてことが最上級の贅沢だ。
(ここに来たのも5年以上も前か・・・)
 あらためて都会の夜景を見下ろす。
 その時一緒にいたのは、自分よりも年上の女性。
 初めての恋人。
 彼女は有名人だから、一緒に過ごすのはハイクラスな場所が多かった。
 ここは、そんな彼女とヒカルの誕生日に一緒に過ごした場所だった。
 彼女がヒカルのために選んでくれたレストランで美味しい食事をご馳走になって、その後この店で一緒に飲んだ。恋人同士らしい誕生日だった。
 彼女と行った場所はどこもヒカルも気に入るような場所で、今でも行きたいと思うこともあるけれど、昔の恋人との想い出の場所にアキラを連れて行く気にはなれない。
 でも、今日は一人だ。
 誕生日、特別な日だから、自分のお気に入りの場所で過ごすのだ。
 自分を置いて大阪に行ってしまった恋人に対する反抗心でもある。
 さらに言えばここに来る前には彼女が出ている映画を観に行った。
 アキラはそういった娯楽にも興味がない。(もちろん彼女の映画をアキラと観に行かないが)
 観たい映画があっても、基本休みの日はアキラと会うことを優先してしまうから一人で観に行くタイミングも逃しがちだ。
 アキラと恋人と呼べる間柄になってからもデートらしいデートはしたこともない。
 話題の90%以上は碁のこと。
 普段、自分に対する態度もほとんど変わらない。
 二人っきりになったって、特別優しくなったわけでもない。
 そう、はっきり言って、付き合ってる感はものすごく薄い。
(まあ・・・唯一恋人らしいことといえば・・・してくれる、けど)
 それはものすごく意外だった。
 初めは、ヒカルから求めなければしてくれることなんかないんじゃないかと思っていた。
 初めての夜から数日後、再びアキラの家に行った夜、当然のように同じ布団に入って、アキラから求めてきた(といってもものすごく淡々としていたが)時には、ものすごく嬉しかったし、ほっとした。
 ヒカルが想像していたよりアキラから求められる頻度は多い。それこそヒカルから求めることなんてなくてもいいくらいに。
 でも、それ以外の時は相変わらずクールで。
 クールといえば、最中だってクールだ。思い返せば甘い言葉を囁かれることもない。
 好きとか愛してるとか、言われたことなんてあっただろうか。(いや、ない)
(・・・なんか、オレってアイツにとって碁と体だけ?)
 1杯目のカクテルを飲み終えて、ほどよくアルコールが体に回り始める。
 誕生日なのに、なんでこんな寂しい気持ちでいなければならないんだろう。
 大阪に行ったアキラからはメールの一つも届かない。
 月曜の夜にでも食事をごちそうするよ、なんて言ってはくれたけれど、誕生日は今日なのだ。
 声を聴きたいのは、会いたいのは、そばにいて欲しいのは今日なのだ。
 もちろん、私と仕事とどっちが大事なの!?なんて女々しいことを言うつもりはない。
 仕事なのだ、仕方がないことはわかっている。
 けれど。
 ポケットから携帯を取り出す。
 相変わらず着信はない。
 もしかして、おめでとうの一言もないまま、今日が終わるのだろうか。
 もう1杯飲もう、と振り向いたその時、
「・・・あら・・・久しぶりね」
 さっきまで映画のスクリーンの中にいた彼女が目の前で微笑んだ。





「優利子さん・・・」
「隣り、いいかしら?」
「あ、うん」
 加藤優利子。元・恋人。
 今でもドラマや映画で主演を務める実力派女優。
 隣りに座った彼女からは、相変わらずの良い香りがした。
 6年ぶりだが、あの頃より綺麗だと思った。
「ヒカル君、大人っぽくなったわね。さすが3冠。テレビ、見てるわよ」
「あ、オレも実はさっき優利子さんの映画観てきたとこなんだ。
 相変わらず綺麗だなあと思ったけど、実物もやっぱり綺麗だ」
 言った後に、なんだか昔のドラマの口説き文句みたいだ、と思ったが、事実、そう思ってしまったので仕方がない。
「・・・ふふふ、変わらないわね。ヒカル君の言葉はお世辞に聞こえないから、
 素直に嬉しいって思えるわ。ありがとう」
 ふんわりと笑う優利子は本当に綺麗で、ヒカルは自分の心拍数が上がっていくのを感じた。
 優利子とは周りに別れさせられたようなものであって、嫌いになったわけではない。
 別れた後もテレビや映画はチェックしていたし、今でも変わらず碁を続けていることも知っている。
 仕事も、碁も、真面目で、本気で。人として尊敬出来る女性なのだ。
 優利子にしても、ヒカルに対して今でも同じような気持ちでいてくれたのだろう。
 そうこうしているうちに、ヒカルの2杯目と、優利子のカクテルが届く。
「では・・・」
 優利子が優美にグラスを手に取る。
「ヒカル君の誕生日に、乾杯」
 グラスが重なる澄んだ高音が響く。
「・・・覚えてたんだ?」
「もう26だっけ?私なんかとうとうこの間30になっちゃった」
「そう言いながら優利子さん、年を取るの嫌がってそうに見えないよ。
 新しいいろんな役が出来て、楽しそう」
「まあ・・・その分、出来なくなる役も多くなるけどね。
 ああ、もうセーラー服の女子高生なんか、絶対出来ないんだわぁ」
「うわ、なんか違った意味で見たいかも」
 ヒカルが笑うと、優利子は「コラ」とヒカルの頭を小突くマネをする。
「それにしても、こんな日に一人でいるなんて・・・あ、もしかして待ち合わせ中?
 私、いたらまずいかしら?」
「あ、ううん、大丈夫。なんてゆーか、今日は振られちゃった。仕事だってさ」
「そっかぁ。ヒカル君、恋人いるのかぁ。残念」
 優利子はおどけた仕草で頬杖をつく。
「そんな、優利子さんはどうなの?映画監督と、その、噂になってるよね?」
 今日ヒカルが観に行った優利子の主演映画の監督は、優利子と映画を撮るのは2本目で、決定的な証拠はないものの、以前から週刊誌などで報道はされていた。
「・・・ねえ、ヒカル君の恋人って、囲碁棋士?」
 優利子は話をそらして美しいヴァイオレットの液体が入ったグラスを傾ける。
「え?・・・うん」
「そう。じゃあ、仕事で戦うこともあるでしょう?そういう時、どうしてる?」
「う〜〜ん・・・なんだろ、どうもしない、かなあ。
 勝った負けたをずっと引きずっててもしょうがないし。
 これからも、一生、戦い続けていく相手だからさ」
「一生戦う・・・か」
「何?演技のことでケンカでもした?」
「・・・ヒカル君には、話しちゃおっかなぁ」
「うん」
 優利子はグラスを飲みほし、同じものをもう1杯頼む。
「映画、観たんでしょう?どうだった?」
「難しかった。正直、優利子さんがものすんごく綺麗だったことしか印象にない」
 名作純文学を原作とした、優利子が出ていなければヒカルが絶対みないようなジャンルの映画だった。
「良かった。難解だけど自分はわかった的な感想言われたら
 ガッカリするところだったわ」
 子供っぽい表情で優利子は笑う。
「監督さ、優利子さんを一番綺麗に見せる方法、知ってるんだろうね」
「・・・そうね」
 そう言って優利子は俯く。
 今回の映画は、加藤優利子、初めての濡れ場も見どころの一つとされていた。
 それは、下卑た前評判とは違い、誰もが息を飲むほど美しく芸術性の高いものに仕上がっていたので、ヒカルとしてもドキドキしながらも感動出来るものだったが。
 目を伏せた綺麗な優利子の横顔を、ヒカルは黙って眺めていた。
 そこへ、2杯目のカクテルが届く。
「優利子さん、昔からこれだね。ブルームーン」
「ねえ、このカクテルの意味、知ってる?」
「え?青い月?じゃなくて?」
「女性と飲みに行ってこれを注文されたら『あなたとお付き合いしたくありません』
 って意味なんですって」
「・・・え?ええ?!オ、オレ、毎回注文されてたじゃん!」
「そうなのよ。私も、知らなかったの。ただ色が綺麗だから頼んでただけ。
 それなのに、あのインテリバカ男、私がこれを注文したら怒ったのよ。
 オレと別れる気かって。バッカじゃないの」
「うわぁ・・・オレ、そんなこと気にして酒飲めないよ」
「ほんと・・・あの人もヒカル君ぐらい単純だと可愛いのに」
「で、その複雑な監督とそのままケンカでもしてるの?」
「まさか、そんな子供じみたこといつまでも引き摺らないわよ。
 ・・・いえ・・・そうね、子供じみたこと、引き摺ってるのかしらね、私は」
 優利子はグラスを指で弾く。
 澄んだ高い音が響いた。
「この年まで女優やってて、濡れ場が嫌なんて子供じみたこと言うつもり
 なかったけど、でも、やっぱり嫌だったんだわ。・・・あの人に撮られるのが。
 自分の恋人が、他の男とそんなことしてるの撮るの、嫌じゃない?って
 聞いたわ。そしたら『このシーンで最高に美しいキミを撮るのがオレの仕事だ』
 ですって。・・・わかってるわ。私だって、誰の前だってどんな役だって、
 完璧にその役を演じたい。だけど、一言で良かったのよ。
 『オレだって撮りたくない』って、でも仕事だって言ってくれれば、
 私だってお互い良い仕事をしましょうって言えるくらいには大人なのよ。
 ・・・ああ、違う、そんな考えだから、子供じみてるのよね」
 おどけたように首をすくめる優利子は、無理して微笑んでいるように見えた。
「あのさ・・・次元が違うって怒られるかもしれないけど・・・
 オレもまさに同じようなことで恋人に対して頭にきてんだ。
 オレ今日、誕生日だろ?アイツ、今日地方で対局があってさ、
 土日もイベントで日帰り出来ないんだ。
 仕事だから一緒に過ごせなくてもしょうがないだろって、
 別に他の日でもいいじゃないかって言われてさ。
 確かに仕事だからしょうがないよ。でもさ、ちょっとぐらい残念がって
 くれたっていいじゃん・・・て。
 帰って来たらお祝いするからって、今日はメールの一つも来ないんだ。
 オレの誕生日は今日なのに。他の日に祝えばいいってもんじゃ
 ないんだよ。とりあえず今日、おめでとうって言ってほしいんだよ。
 ・・・なんてさ、アイツから見れば、オレのそんな考えも
 子供じみてるのかな、ってさ。
 オレもちょっとは大人になったからさ、そうは思うんだけど・・・
 アイツはきっと、全然気にしてない、こんな些細なこと。
 それって、たぶん単純に考え方の違いだろって思えばいいんだけどさ、
 愛情の差かな、なんて、勝手に考えて、勝手に落ち込んでる最中だったわけ」
「そう、私もまさにそう!私がこんなに寂しい気分になってるの、
 全然気付いてないんだろうなって。そういう人だってわかってるのに」
「でもあれだろ?結局、そういうヤツ好きになった自分が悪いか、
 とか思っちゃわない?」
「思う!思うよ〜ヒカル君。あ〜〜やっぱりヒカル君がいいなぁ。
 私のことよくわかってくれるもの。
 よし、再会したのも運命だと思って、よりを戻そうか!」
「ここで恋人がいるのに「そうだね」って言うような男、優利子さん嫌いだろ?
 もちろん、優利子さんがそんなこと本気で言ってるんじゃないってことは
 わかってるから。・・・優利子さんってオレよりずっと頭いいけどさ・・・
 根本的にはオレたち、似てんだよね。だから、居心地いいんだ」
「・・・そうね、だから、同じような相手を選んじゃうのね」
「あのさ、オレ、あの映画観て思ったよ。優利子さんは監督に
 愛されてんだなって。とても大切にされてるって思ったよ。
 きっと、皆そう思った。・・・優利子さんだって、わかってるだろ?」
「・・・うん」
「・・・ま、わかってても、愚痴言いたいことはあるよね」
「・・・うん」
「遠回しじゃなくて、たまにはストレートに愛情表現しろってんだよな」
「うん」
「恋人がこんな寂しい想いをしてるのに気付けってんだ」
「うん」
「冷たくしてるって自覚がないのもムカつくけど、
 どんな態度で接しても嫌いにならないって思われてそうで腹立つし」
「うん」
「・・・まあ、浮気はしなそうだけどさ」
「・・・うん」
「オレのこともそう思って安心してんだろうけど」
「・・・うん」
「あーあ、むしろ、今のこの状況見せてやりたいくらいだよ。
 ちょっとぐらい、嫉妬してくれないかな」
 そう言った瞬間、ヒカルの携帯がテーブルの上で揺れた。
 画面に現れた文字を見て、慌てて携帯を手に取る。
「恋人から?」
「・・・うん」
 電話の着信だ。携帯は手の中で揺れ続けている。
「早く出なさいよ」
「・・・うん」
 ヒカルは立ち上がって、優利子に背を向けて受話器のボタンを押す。
「・・・もしもし。・・・え?ああ、うん、出かけてる。
 え?教えてもしょうがないだろ、どうせオマエこれないのに。
 誰とどこにいようがオレの勝手・・・って、あ、ちょ、ちょっと!!!」
 あろうことか、携帯を優利子に奪われた。
「もしもし、私、ヒカル君の元恋人の加藤優利子と申します。
 ・・・え?・・・・・・あ・・・はい、はじめまして」
 チラリと優利子がヒカルを見る。
 ヒカルは、自分の背中を滝のような汗が流れているような気分になる。
 優利子から携帯を取り上げようとしたが、優利子はそれを逃れると、なんと、小走りに女性トイレに入っていってしまった。
 むろん、ヒカルはそれ以上追いかけられない。
 ・・・なんということだろう。
 アキラに、優利子といることを知られてしまった。
 いや、それ以上に・・・。
「彼、ここに来るって」
 しばらくたってトイレから出てきた優利子は、そう言って携帯をヒカルに返す。
「え?!まさか、だって、アイツ大阪で・・・」
「知らないわよ。とにかく来るって言ったんだから」
 そう言いながら、スタスタと優利子は元の席に戻っていく。
 ヒカルも慌てて追いかけて隣りに座り直す。
 優利子が3杯目を注文したので、ヒカルも頼むことにする。
 もう、いっそ、酔っ払ってしまおうか、とも思う。
「塔矢アキラ・・・ねえ」
「う・・・っ。うん・・・」
 まさか声だけでわかったわけではないだろう。馬鹿正直に名乗ったのか。
 知られてしまった。誰にも認めたことなかったのに。
「そっかぁ・・・私、ヒカル君に女としての魅力感じてもらえなかったのかもって
 落ち込んだこともあったんだけどなぁ。うーん、ショックだけど、納得」
「いや、あの、オレ、別に、その、お、男が好きなわけじゃないよ。
 アイツだけ、特別っつーか。オレ、そっちの趣味があるの隠して
 優利子さんと付き合ってたってわけじゃないから!
 あの、だから、それだけは誤解しないで」
「ヒカル君がそんな器用なこと出来るなんて思ってないわよ。
 ・・・ねえ、いつから付き合ってるの?」
「まだ1年経ってないよ。去年の12月」
「どっちから告白したの?」
「ええ!?いいじゃん、そんなの」
 ニヤリと笑う優利子に脇腹を肘で突かれる。
「教えなさいよ。教えてくれないとマスコミにバラすわよ。
 塔矢アキラって超美形だし女性ファン多いものね。
 スキャンダルだわ〜」
「ひっでぇ。ったく、そんなことしないくせに」
「しないけど、教えて」
「オレからだよ。だから今でもこんな立場弱いんじゃねーか。
 惚れた弱みってヤツ?」
「ねえ・・・これから先、彼とはタイトル戦とかでも戦うことに
 なるんじゃないの?そんな相手と上手くやっていけるの?」
「それは・・・最初に言っただろ?一生戦っていく相手なんだ。
 きっと、辛い戦いもあると思うけど・・・それでもアイツと
 打っていきたいんだよ。アイツとの対局で、いつか、
 神の一手を極めたい。それがオレの夢。アイツとしか、叶えられないって
 そう、思う。運命の相手なんだ」
「運命の相手・・・かぁ」
「優利子さんも、あの監督とさ、オレたちみたいにぶつかりながらも
 最高の映画を作っていく、そんな関係になれるんじゃない?」
「そうねえ・・・。どうなんだろう、難しいのかな。
 私はやっぱり女だから、対等な立場ではいられない気がするの。
 結婚したら、男性は家庭を安らぎの場にしたいと思うんじゃない?
 家にいても仕事のこと思い出させるような相手と一緒になって、
 幸せになれるのかしら・・・」
「それは・・・冷たいようだけど、本人たち次第じゃない?
 幸せを何に求めるか、ってのもあると思うし。
 オレは・・・アイツと良い碁が打てるのが一番の幸せだった。
 それは今でも変わらないけど・・・碁を打っている時以外のアイツも
 オレのものにしたくなっちゃったからさ。
 ・・・男同士だから、これから先もっといろいろ大変なことや
 辛い思いをすること、あると思うけど・・・
 それでもオレ、アイツの一番でいたいって思ったから。
 ・・・アイツもさ、そう思ってくれてると思う。
 何もかも全部幸せなんてことないよ。
 それでもさ、自分が一番大切な部分で幸せ感じられたら、
 それでいいって、オレは思うんだ。
 だから、優利子さんも、自分が一番幸せでありたい部分があるなら、
 どうすればいいか、答えは見つかるんじゃないかなあ。
 ・・・あ、ごめん、説教くさかった?」
「ううん。ありがとう。私にとっての一番の幸せは何か、もう一度
 よく考えてみる。ヒカル君にとって囲碁が天職であったように
 私にとって女優は天職。だから・・・あの人と出会えたんだしね」
「うん、オレ、女優やってる優利子さん、一番素敵だと思う」
「あら、碁を打ってる私は?」
 石を持つマネをする。上品なネイルの綺麗な指先。
「え?う〜ん、それは・・・最高に素敵」
「それ、どっちが上よ」
「優利子さんには素敵がいっぱいあるということで」
「もー、そんな口の上手いヒカル君、嫌〜」
「だってホントのことだもん」
 心から、そう思った。優利子は、ヒカルの表情からそれを感じ取ってくれたのだろう。フッと小さく息をして笑顔を見せる。
「・・・私、幸せになれるかなあ?」
「さっきも言っただろ?あの監督、優利子さんのこと、
 すごく大切に思ってるよ。だから、大丈夫」
「ホントに?」
「うん。オレ、優利子さんに幸せになってもらいたい。
 だから適当なことは言わない」
「そうね。うん。信じる」
 優利子はどこかほっとしたように微笑んだ。
 それからしばらく、互いの近況など他愛もないことを話していたが、不意に優利子が「そうだ!」と鞄から詰碁集を取り出して、「解けない問題があるの。ヒントちょうだい!」とヒカルに見せてきた。
「芹澤先生のかぁ。こんな難しいのやってるの?相変わらずだね」
「難しくなきゃ楽しくないじゃない」
「どれどれ・・・」
 昔もよくこうして二人で詰碁を解いたり対局したりして過ごした。
 恋人というよりは、本当は姉と弟のような関係だったかもしれないけれど。
 ふと、思う。
 あの時、もし優利子を抱けていたら、アキラとはどうなっていただろう、と。
 それでもやっぱり最後は、アキラを選んでしまっただろうか。
(・・・考えてもしょうがない、か)
 ヒカルが与えたヒントに、優利子は「う〜ん」と唸りながら問題を睨んでいたが、不意に顔を上げて、
「あ、来た」
 と言った。
 振り向くと、店内を見渡すアキラが見えた。
 そして、こちらに気付いた塔矢は、表情を変えないままこちらへやってきた。
 目の前で立ち止まって、三人で無言。
「こんばんは、塔矢さん、はじめまして。加藤優利子です」
 優利子が立ち上がって口火を切る。
「はじめまして。塔矢アキラです」
 アキラは優利子を見て軽く頭を下げる。
 これぞ女優!という笑みを浮かべた優利子を見て、内心他人事のように(うわ〜〜・・・ド修羅場っぽい!)などと思ったヒカルは気を取り直して、
「塔矢・・・戻って来たんだ」
 と、なるべく平静な口調で問う。
 電話があってから1時間と経っていない。当然、電話をしてきた時には東京、おそらくヒカルの部屋の前だっただろう。
「・・・キミが・・・誕生日なのにボクがいないことを
 怒っているみたいだったから・・・。でも、必要なかったみたいだな」
 アキラの表情は変わらない。でも、アキラはヒカル以外の人間に対して感情をあまり表に出さないことをヒカルは知っていた。
「違う!塔矢、オレ・・・」
「塔矢さん、電話でも言ったでしょう?私たちが会ったのは、本当に偶然。
 まあ、それなのにつまらない誤解して、ヒカル君を責めるような人なら、
 さっさと別れて、私とより戻しなさいよって言いたいけど」
「ゆ、優利子さん」
「冗談よ。ほら、せっかく戻ってきてくれたんだから、
 残りの時間は二人で過ごしなさいね。あ、もうあと30分しかないじゃない」
 時計は、23時半をまわっていた。
「それじゃあ、ヒカル君。今日は会えて嬉しかったわ」
「あ、うん、オレも・・・・・・っ」
 微笑んだ優利子の唇が、軽く触れて、離れていった。
「ゆ、ゆりこさんっ」
「あ!コラ!拭わないでよ」
 思わず口元に手をやったヒカルを一瞥してから、優利子はアキラを見る。
「今のは、誕生日のヒカル君に寂しい思いをさせた貴方への罰!
 ちゃんと捕まえて、大事にしておかないと、奪われちゃうわよ?」
 そう言って、思わず息を飲むほど美しい笑顔を見せて、優利子は踵を返し、去って行った。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっと、
 と、塔矢も何か飲む?」
 感覚的には5分ぐらい経過してしまったのではないだろうかと思うほどの沈黙に耐えかねて、ヒカルはわざと軽い口調でアキラに話しかける。
「・・・いや、出るぞ」
 それだけ言って、アキラは出口へとスタスタと歩き出す。
「あ、待って待って!」
 慌ててヒカルも荷物を手にして追いかける。
 急いで会計に行くと、なんと優利子がヒカルの分まで支払っていた。
(まったく、あの人は・・・。電話番号まだ使えるのかなあ)
 お礼を言える機会は、あるのだろうか。
 アキラには悪いが、また、会えるといいな、と思う。
 店の外のエレベーターの前にいるアキラを急いで追いかける。
 ちょうど扉が開いて、ヒカルはそのまま走って中に入った。
「オマエ、置いていくなよ!?」
 アキラはヒカルの言葉を無視して、フロアボタンを押す。
「え?なんで?」
 アキラが押したのは客室フロアの階だった。
 アキラが答える前に、エレベーターは止まり、扉が開く。
 スタスタとそのまま歩いていってしまうアキラをヒカルは追いかける。
 アキラはスーツのポケットからカードキーを取り出して、番号を確認してドアを開ける。
 何がなんだかわからず呆然としているヒカルに、
「早く入れ」
 とアキラは行って、ヒカルの肩をグイッと押した。
「と、塔矢、何?部屋取っ・・・っ」
 閉まったドアに、ドンッと音が鳴る勢いで押し付けられて、ヒカルの言葉はアキラに飲み込まれる。
「・・・っん・・・っ」
 抑えつけられた腕が痛む。
 息をする間も与えてもらえない。
 こんなに激しいアキラからのキスは初めてで。
 気付けばヒカルの膝は支える力を失い、崩れ落ちそうになった体は強く扉へ抑え込まれて支えられる。
 気を失うかと思うほどのキスからヒカルを解放したアキラは、思わずヒカルが顔を歪めるほど強く、扉に体を抑え付けてきた。
「・・・あんな簡単にボク以外の人にキスなんかされて・・・ふざけるな!」
 お決まりの台詞で怒られたのだが。
「・・・なんだ、その顔は」
 言われて、ヒカルは自分がどんな顔をしているのかに気付く。
「えっと・・・ごめん、その・・・嬉しくて」
 そう答えながらも自分の顔をますますにやけていくのを感じる。
「なんだと?!じゃあ何か?やっぱりボクへの当てつけだったのか?!」
「あ!違う!そうじゃなくて!だから、その・・・なんか、久々に
 愛されてんな〜って思って」
「・・・え?」
「ヤキモチ妬いてもらえるなんてさ、愛されてる証拠じゃん。
 誕生日なんてどーでもいい感じに扱われたけど、オマエ、結局来てくれたし、
 オレ、今すっげェ嬉しい。そりゃぁ顔もにやけるって」
「・・・ちょっと待て」
「ん?」
「・・・久々に、だと?」
「へ?・・・え、だってそうじゃん、オマエ、
 オレのこと好きって素振り、普段全然見せてくれないじゃん」
「なんでそうなる!?一昨日・・・したばっかりじゃないか」
 生真面目な顔をしてそんなことを言うアキラに吹き出しそうになるのを堪える。
「・・・いや、そりゃそうなんだけど、そうじゃなくて。
 だってオマエ、オレのこと好きとか愛してるとか、言ってくれないじゃん」
「・・・キミだって言わないだろ」
「そんなこたァねェよ!言ってたさ、最初のうちはな!
 でも、オレがいくら言っても、オマエってば「ああ」とか「うん」とかしか
 言ってくれねェし!なんかオレばっかオマエのこと好きみたいで、
 言ってて虚しくなってくんだもん・・・」
「・・・ボクは、なんとも思ってない相手に、あんなことはしない」
「わかってるよ!でも、言葉でも言われたい!オマエの声で聴きたい!」
 ヒカルは、アキラを真っ直ぐ見つめる。
「なぁ・・・早くしないと、オレの誕生日、終わっちゃうよ」
 見つめ合って3秒。
 不意に抑えつけられていた体が離されて、支えを失ったヒカルが崩れ落ちそうになった次の瞬間には、俗に言うお姫様抱っこをされていた。
「うわっ・・・ちょ・・・っ塔矢!」
 スタスタとそのまま部屋の奥へ運ばれ、ツインのベッドの片方に放り投げられた。
「塔矢!・・・ってオイってば!」
 馬乗りになったアキラに、引っ張るようにネクタイをほどかれる。続いて乱暴にシャツのボタンも外されていく。
「ちょっ・・・ちょっと待てってば!これ、今日買ったばっかなんだから、
 もうちょっと丁寧に・・・って違う!オマエ!オレの話聞いてたか?
 オレがオマエに愛されてるって実感したい方法は、これじゃねェ!」
「そうだよな、見たことない服だと思ったんだ。
 昔の彼女と会うから、こんな服買ってめかしこんだのか」
 ヒカルの言葉を無視し、ことさら乱暴に服を脱がしていく。
「だから違うって!これは、今日、棋院で雑誌の取材で!
 撮影用の衣装だったんだけど気に入ったから買ったんだ!
 良い服買ったから良い所行こうと思ってあの店に行ったら、
 たまたま彼女がいただけだって!」
「でも、彼女との想い出の場所だったんだろ?そうでなきゃ偶然会うわけない」
「・・・ああ、そうだよ!恋人だった彼女と恋人らしく誕生日を過ごした場所だよ!
 オマエと恋人らしく過ごせないから、昔の思い出に浸りにいったんだよ、悪かったな!」
 自分の言葉を信じないアキラに、多少は自分も悪いと思っていたヒカルも切れる。
「仕事だったんだ、仕方ないだろ!?」
「わかってるよ!でも・・・ああーーーもうあとちょっとでオレの誕生日終わっちゃう!
 わかってんのかよ、オレの誕生日は今日だったんだ!
 オマエといたかった!たとえそれが無理でも、オマエに一言おめでとうって
 言ってもらいたかった!それだけで・・・良かったんだ・・・っ」
 これ以上何かを口にしたら、涙が出てしまいそうで、ヒカルは歯を食いしばって目を閉じた。
 女々しいと、自分でもわかってはいた。
 アキラが、こういう人間だとわかって好きになったと、わかってもいる。
 それでも、どうにも出来ない気持ちもあるのだ。
 不意に、覆いかぶさっていたアキラの重みがなくなって、ベッドから降りる気配がした。
 ヒカルは、目を閉じたまま横向きになって体を丸めた。
 昔の恋人と会っていて、さらにはキスまでして、子供じみたことばかり言って、いい加減愛想尽かされたのかもしれない。
 でも、もしこのままアキラが部屋を出て行ってしまっても、今日ばかりは引き留める気にならないだろう。
 どれだけ好きでも譲れないものはある。
(オレの誕生日・・・こんなんで終わっちゃうのか)
 情けなくて、本当に泣きたくなった瞬間、肩に置かれた手で体を再び仰向けにされた。
 目の前には、アキラの顔。
「・・・ごめん。ボクが悪かった」
 アキラが初めて見せた、かすかに戸惑いを浮かべるその表情に、ヒカルはドキッとする。
「誕生日おめでとう。・・・ヒカル」
 初めて、名前で呼ばれた。
「・・・まだ、20日?」
「ああ。あと、1分はある」
 アキラの腕にあるのは、正確無比な電波時計。
「・・・良かった」
 哀しみに堪えていた涙は、違う種類のものとなって、一粒だけ流れてしまう。
 そんなヒカルの右目の端に口付けて、そうして耳元で囁いた。
「・・・キミが、好きだよ」
「・・・うん」
 アキラは、ヒカルの唇にキスを一つ落とす。
「キミだけをずっと愛してる」
「うん」
 また一つ。
「・・・なるほど。たしかに、『うん』しか返答がないと物足りないな」
「え?・・・あ、そっか」
 言われることの嬉しさに浸っていたヒカルは、先ほどアキラに言った自分の言葉を思い出す。
「オレもオマエのこと、誰よりも一番好きだからな!」
 アキラの首に手を回して引き寄せる。
「・・・うん。・・・ボクも」
 一つ言葉を付けたして、アキラはヒカルを抱き締める。
 気付けば、すでにアキラは服を着ていない。さっきベッドから降りた時に脱いだのか。
「・・・オマエってさぁ・・・」
 手慣れた様子で自分の服の残りを脱がしていくアキラの髪を苦笑しならが軽く引っ張る。
「碁の打ち方も、こーゆー時も、見た目と違って肉食系だよな」
「そういうキミは、見た目は自分からガンガンいきそうなのに、
 碁も、こういう時も、受け身だよね」
「え?オレの碁、受け身かぁ?」
「正確に言えば、最初は受け身で相手を気持ち良く打たせている間に
 布石を打っておいていつの間にか自分のペースにするけど」
「・・・碁の話だよな」
「まあ、ボクはキミにそんな好き勝手させないけど」
「はいはい、どーぞ好き勝手にしてくれ!
 ・・・オマエのこと、満足させられるの、オレだけだろ?」
「・・・そうだね。碁も、こういう時も」
 そう言って、口の端を微かに上げて笑みを浮かべるアキラは、卑怯なくらい色気がある。
「・・・なァ、もう一回好きって言って」
「もう21日になってしまったからな。また来年だな」
「ええ!?なんだよ、ケチ!誕生日プレゼント、それ!?」
「約束通り食事にも連れてってやる」
「ちぇー。今日からオレの方がお兄さんなんだから、ちったァ言うこと聞けよ」
「ふぅん・・・。さぁ、どうぞ、なんでも言えばいい」
「・・・んっ・・・」
 アキラの唇に封じられて、そこから先は、もう、何も、まともな言葉など言わせてもらえなかった。









【おまけ】







 アキラの誕生日が迫った12月のとある日のこと。

「あ〜〜もう、なんでオマエ中国なんだよ!」
「負けたのはキミのせいだろ。八つ当たりするな」
 アキラは誕生日の14日がある来週は、中国で開催される国際大会に出場することが決まっている。
 向こうにいる両親から、ちょうど大会中に誕生日があるんだから出なさいと言われたし、そうなるとニュース性もあるから棋院も出場を促し、断りきれなかったのだ。
「キミが王座挑戦手合で最終戦までもつれ込まなければ中国に来れたのに」
 うっ、とヒカルは言葉に詰まる。たしかに、第4局までで決着がついていれば、アキラが出場する大会と王座戦の日程が被ることはなかったのだ。
「だって・・・そう簡単に緒方先生勝たせてくれないよ」
 そう、昨日の挑戦手合で現王座の緒方に負けて、2勝2敗となってしまった。
 勝てれば王座になれるのはもちろん、アキラの誕生日に中国に行くことだって出来たのに。そう、悪いのは負けた自分だ。
「でも、とにかく!オレは電話するからな!中国にいたってちゃんと祝うからな!」
「はいはい」



 そして当日。
 ヒカルだということを表す着信音が鳴って、アキラは携帯を手に取る。
『とーや!誕生日おめでとう!2コールで出てんじゃん!
 電話来るの待ってた?14日ジャスト!オレが一番乗りだろ?』
 嬉しそうなヒカルの声に、アキラはフッと笑う。
「ありがとう。でも中国はまだ13日の23時だ。1時間後にもう一度祝ってくれ」

 ピッ。
 『ええ!?』という声が漏れていた気もするが、問答無用で通話を切る。

 今日、ヒカルは王座最終戦で緒方に勝利し、王座となった。
 アキラもタイトルをいろいろ取ったが、緒方から直接奪ったものはない。ヒカルに先を越されて、多少の悔しさもある。だから、本当は時差の違いなんかどうでも良いのだけれど、少しぐらいの意地悪は誕生日だから許してもらおう。
 アキラ自身も対局があったが、合間を見てはヒカルの状況をチェックし、2時間ほど前に電話で祝いの言葉を贈ったばかりでもあった。その時ヒカルは、アキラの誕生日を話題にしなかった。
 あと1時間か。
 向こうは真夜中の1時になってしまう。ヒカルは基本的には宵っ張りな方だが、今日は宴会に付き合わされただろうし、疲れて眠いだろう。しかもタイトルを取った、ヒカルにとっても特別な日だ。そんな時にアキラの誕生日を忘れずに0時になるのを待って電話をかけてきたのだと思うと、やはり嬉しいものがある、とアキラは素直に思った。
 そして、やっと、誕生日なのに自分から連絡をもらえなかったヒカルの寂しさがわかった気がした。
 1時間後、果たしてどんな感じでかけてくるだろうか。
 日本時間でいいじゃん!と怒ってかけてくるだろうか。
 それとももう1度、心からのおめでとうを言ってくれるだろうか。
 もしかしたら・・・あと1時間、起きていられない可能性もあるかな。
 それで明日申し訳なさそうに電話してきたら、冷たくしてやるのも面白そうだ。
 でも、もし、かかってこなかったら・・・やはり、ちょっと、いや、かなり寂しいかもしれない。
 そして、自分以上にヒカルの方が落ち込むことも想像出来た。

(ちゃんとかけてこいよ)

 そう、願いを込めて、アキラは『進藤ヒカル』の名が映るはずのディスプレイを、指でコツンと叩いた。
あとがき。 ヒカルの誕生日にアップするつもりで書いてたんですけどねえ(^_^;) というわけで、アキラ君の誕生日にアップしておきながら、 アキラ君誕生日はオマケという・・・ごめんなさ〜い! さらにオリキャラが出張ってすんません(~_~;) 「心交差」に続き、今回もすれ違ってる2人ですが、 結局ラブラブなんだろコンチクショウ!みたいな感じで、ハイ。 もう一つの連載の方も続き書いてるんですけど・・・ 重い話になってきちゃって締めが書ききれない(>_<) でも頑張ります〜。あと、久々に漫画も描きたい! せっかくタブレット新しくしたのにねえ。時間がないよう。 でも、とにかく、アキラ君誕生日おめでとう!




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