※このお話は小説「ループ」から設定がつながっております。 ただ、このお話は複雑な内容になっていないので、 単独でもさほど問題ないと思います。 読み終わって興味がありましたら シリーズ最初からお読み下さい。 ※このお話はR15となっておりますのでご了承下さい。 (10.12.14) 『誕生日プレゼント』
「十二月十四日、空けておいてもらえないか」 「・・・ってゆーかそれオレが言おうと思ってたんだけど」 誕生日の予約を一ヶ月も前に自分から言われるとは思わなかった。 塔矢は棋聖リーグ戦を終えて、タイトルへの挑戦者に昨日決まった。 タイトル戦は二ヶ月後。塔矢は一息ついたけれど、オレが本因坊リーグ戦の中盤だったから、早めに予定を抑えたかったんだろう。 十二月十四日は日曜日だった。 せっかくだから土日で旅行にでも行こうか、と言ったら、塔矢はキョトン、といった顔でしばらくオレを見つめて、 「い、行こう!」 と慌てたように同意した。 場所は塔矢がどこでもいいって言うから、電車で行けて海のそばで温泉でも入ってのんびりしたいってオレの希望で伊豆にすることにした。 ネットで碁盤を借りられる宿を探して、部屋とか食事とかちょっと贅沢しようとか、オレも塔矢も自分で旅館を予約したりするのは初めてだったけど、あーだこーだ言いながら二人で予定を立てた。 ホント、塔矢とこういう碁以外の普通のことする機会って少ない。 二人で遊びに出かけるのなんて、ホワイトデーの横浜以来だ。 でも、なんかそんな時間がすごく楽しかった。 「うわー海だ〜。超天気いいし!景色いいし!最高!」 オレは部屋に着くなり窓を開けて空気を吸い込んだ。 イベントで地方に行くことってけっこうあるけど、相部屋だし、ゆっくりくつろげる環境でもない。こんな風にちゃんと旅行するのって久しぶりだった。 「少し外に出るか?」 もうしっかり碁盤も部屋に用意してもらってるけど、こんな海を見たら、ちょっと行きたくなって、塔矢の言葉に同意する。 「海行くか!寒そ〜だけど!」 「風邪をひかないように暖かくしていけよ」 「オマエこそ」 | ||
そう言っても塔矢がそんなうかつなことしないだろうけど。 オレは言われた通りダウンにマフラーにとしっかり着込んで外に出る。 冬の海はなんだか水も黒く見えて、風もちょっと強くて波立っていたけど、スニーカーで久しぶりに踏む砂の感触は悪くなかった。 塔矢はいつも通り高そうな靴だったけど、気にする風でもなく砂の上を歩いていた。 とくに会話もなく、砂浜を歩いた。 塔矢とこうして無言になるのは苦じゃない。 最近はお互い忙しくて、こんな風に一緒にいられる機会も少ないし、隣にいるだけで、なんか、嬉しい。 塔矢は・・・どう思ってるのかな。 そう思って塔矢の顔を見ると、「どうした?」と微笑まれた。 オレ、この顔好きだ。 「手袋持ってくれば良かった」 「寒いか?」 そう言って、不意に手を握ってくる。 「冷たいな」 | ||
「バ、バカ、誰かに見られたらどーすんだよっ」 「誰もいないよ。それに・・・見られてもいい」 「オマエ・・・けっこう有名人なんだぞー、もっと自覚しろよー」 「それはキミも同じだけどね」 塔矢は棋聖の挑戦者になってから、テレビや雑誌に出る機会も多い。 ・・・囲碁界の貴公子とか言われて女性にも人気だしさ。 囲碁と全然関係ない雑誌にだって出たことあるくせに。 オレなんかせいぜい囲碁専門誌に顔がよく載るようになったくらいだ。 塔矢の手だって決して温かかったわけじゃないけど、握られたままの手はどんどん熱を帯びていく。 オレは、自分からも塔矢の手を握れるように指を動かす。 そうやって、手を繋いだまま歩き続けた。 「なんか、ラブラブなカップルみてェ」 オレが笑うと、 「ラブラブなカップルだろう?」 と真面目に返されて、余計可笑しくて笑った。 しばらくそうして歩いてたけど、ふと振り向くと旅館がだいぶ遠い。 「そろそろ戻るか」 「そうだな」 「とーや、おんぶ!」 オレが背中に飛び乗ると、 「お、おい!」 と驚いてふらついてたけど、なんとか耐えた。 「さ!旅館までゴー!」 「あんなに遠いじゃないか!」 怒って降ろそうとする塔矢の後ろからギューって抱き締めたら、塔矢は大人しくなって黙って歩き出した。 ふふふ、単純なヤツ。 そうやって周りに誰もいないのをいいことに後ろから耳にチューしたりしてからかって楽しんでたんだけど、海岸を出て、旅館へ続く道に入ったから「もう降りる」って言ったのに今度は降ろしてくれなくて、結局おんぶされたまま旅館に入って、出迎えにきた仲居さんに「どうされました?」と驚かれ、「え、えっと、ちょっと砂浜で足挫いちゃって!」と慌ててごまかしたら、「湿布をご用意しますか?」とか本気で心配されちゃって、参った。 部屋に戻ってから塔矢に抗議したけど、 「身から出た錆だ」 と言われた。・・・ごもっともです。 「あー食ったぁ〜美味かった〜!」 海の幸を使った豪華な夕食を仲居さんが片づけて部屋を去った後、オレは伸びをして畳に寝転がった。 「風呂、どうする?先に入るか?」 塔矢に問われてオレは起き上がる。 「え?一緒に入りたくて個室の温泉がある部屋選んだんじゃないの?」 この旅館、大浴場もあるけどオレたちが借りた部屋は檜風呂の温泉が付いてる。 部屋を選んでる時に、塔矢がさり気なく部屋風呂を気にしてたみたいだったから、てっきり・・・だと思ってたのに。 「ち、違う!一緒に入ろうなんて思ってない!」 「あ・・・そうなんだ。でも、部屋風呂にこだわってなかったか?」 「それは・・・っ」 「それは?」 真っ赤になって俯かれてしまう。なんだ?この反応。一緒に入りたいって思ってたんならともかく。 「キ・・・キミと大浴場に一緒に入る方が問題だ」 「なんで?」 「・・・キミと一緒に入って、ボクが平常心でいられるわけないだろ。 他の人がいるのにキミと一緒になんて、無理だ」 「・・・オレに欲情しちゃうからってこと?」 「は、はっきり言うな!」 「オマエがそこまで考えてたとは・・・オマエってホント、ムッツリだよな」 「悪かったな!」 おお、開き直った。 ・・・いまだにあんまり実感ないんだけど、塔矢ってホントにオレのこと、そういう目で見てるんだよな。 オレは・・・塔矢見て、キスしたいなー、抱きつきたいなーぐらいは思うけど、エッチしたいなーとまではまだ思ったことない、かな。してもいい、ぐらい、だな。 ・・・オレ・・・塔矢に欲情、出来んのかな。 「じゃあさ、他の人がいないとこならいいんだろ?一緒に入ろうぜ?」 「だ、だって、タイトルを取るまでは我慢するって決めたじゃないか!」 「おいおい、一緒に入るだけだろ。そこまで飛躍すんなよ」 「だが・・・」 「いーから、ほら、行こう!」 オレは塔矢の手を引っ張って立ち上がらせる。 「・・・まったく、何回罰ゲームみたいな目に合わせるんだか」 「じゃあ、そういうことにしよう。罰ゲームだから、耐えてろ」 「意味がわからないよ・・・」 塔矢はため息をついたけど、オレに手を引かれて大人しく風呂へ向かった。 「へェーオマエってけっこう鍛えてるんだー」 腰にタオルは巻いてたけど、オレは塔矢の裸を初めてまじまじと見た。 オレをおぶってあれだけ砂浜を歩けるんだもんな、モヤシ君じゃないことは確かだ。 「棋士だって体力勝負だからね。キミこそ、運動してそうだな」 「オレ、動くの好きだもん。運動神経だっていいぞ!」 「うん、そうだろうね」 そう言いながらも塔矢は目をそらしたまま全然オレを見ていない。上を脱がされたことはあるから、今見せてるくらいの裸なら見られたことはあるんだけど・・・。 「背中流してやる」 「い、いいよ!自分で洗う!」 「なんでだよー。せっかく一緒に入るんだからさー」 「じ、じゃあ、ボクが流してやる」 「オマエが先!」 オレは、強引に塔矢を座らせて、シャワーを手に取って、頭からお湯をかけた。 「頭洗ってやるー」 シャンプーをつけて、ワシャワシャと髪に指を通す。 「オレ・・・オマエの髪大好き。手触り最高」 前に、ドライヤーで乾かしてやった時も思ったけど、サラッサラのツルッツル! 「・・・それは良かった」 シャンプーもリンスも終えて、オレはボディスポンジにボディソープを付けて、塔矢の背中に滑らせた。 コイツ・・・肌綺麗だよな。色白いし。濡れた髪が肌に張り付いて・・・なんか、超色っぽい。 おー、ちょっとムラムラしてきたかも。 塔矢がオレに感じてるのも、こんな感覚かな。 でも、オレ、こんなに色っぽくないぞ? オレのどこらへんにそんな気分になるのかなあ・・・。 オレは、ちょっとドキドキしてきて、まだ石鹸がついていないうなじにそっとキスした。 「っ進藤!」 「だってー、オマエのここ、綺麗なんだもん」 オレは、そのまま首筋に吸い付く。 「・・・いい加減にしてくれないと・・・っ」 塔矢は片手で顔を覆って、もう片方で膝を抱えてうずくまる。 ・・・あれ? もしかして・・・。 後ろから覗き込む。固く両膝をくっつけて前かがみになって座ってる塔矢。 ・・・うわぁ、うわぁ、マジか!こんな塔矢・・・なんか・・・。 ホントに・・・オレなんか相手に、こんな風になるんだ・・・。 塔矢もフツーの男なんだなあ・・・いや、男のオレにこんなんなってたら、フツーじゃないか? こりゃ、たしかに一緒に大浴場入れないな・・・。 「・・・なぁ・・・触っていい?」 「え?」 返事は待たずに、オレは塔矢の腰のタオルの中に右手を差し入れた。 「っちょっとっ」 逃げようとする塔矢を、左手で後ろから抱き締めて抑え込む。 石鹸で濡れた右手で塔矢を触る。・・・うわぁ・・・ホントに反応、してるし。 当たり前だけど、他のヤツのなんて初めて触った。 なんか、なんかすっごく変な感じ。 でも、塔矢見てたらこうせずにはいられなかった。 心臓が、ドキドキしてる。 「オレ・・・小六から中三まで、ずっと佐為が一緒だったじゃん? いっつも見られてる状態だったから、だから、 こーゆーこと、自分にもあんましてこなかったっていうか・・・ えっと・・・ごめん、だから、上手くないと思うけど・・・」 ゆっくり手を動かすと、塔矢はビクッと体を強張らせたけど、口元を手で覆って、黙って俯いてた。 オレの手の中で塔矢が変化してく。 オレが・・・塔矢をこんな風にしてるんだーって思ったら、なんか・・・胸がいっぱいになった。 「・・・タ・・・タイトル取るまで我慢するって約束したのに・・・っ」 追い詰められてきたんだろう、塔矢がそう抗議した。 「・・・我慢出来てないのはオマエじゃん」 ウソ、ホントはオレも我慢出来てない。 隠された口元から漏れる塔矢の必死で耐えてるような熱い呼吸につられて、オレの息も上がってくる。 あー・・・ヤバイ、ホント、オレも我慢出来ない。 塔矢を抱き締めていた左手をほどいて、オレは自分に手を伸ばした。 ・・・良かった、オレも・・・塔矢に反応、してるじゃん。 「し・・・んどう?」 そんなオレに気付いたんだろう。塔矢は振り向こうとしたけど、 「・・・黙ってろ」 って、オレは塔矢の肩に噛みついた。 そのまま肌を舐めると、塔矢が「あっ」と小さく声を上げる。 オレの手の中の塔矢が震えて、そんな塔矢にオレもたまらなくなって、気付いたら頭ん中真っ白になってた。 しばらく二人でぐったりしてたんだけど、 「・・・まったくキミは・・・いつも唐突すぎる!」 って塔矢は真っ赤になって怒りながら、シャワーで流し始めた。 「・・・そうかも。オレ、頭で考えるより先に体が動いちゃうタイプだな」 オレは塔矢の背中に顔を押し付けてもたれかかる。 「・・・あれから、もう一年か」 塔矢が呟く。 ああ、そうか。一年前の明日だ。オレが、唐突に塔矢に初めてのキスしたのって。 塔矢に好きだって言われて。 オレは自分の気持ちもよくわかってなかったくせに、塔矢を手放したくなくて、誕生日プレゼントってキスした。 でもそれって結局、オレも塔矢が好きだったからなんだよな。 オレだって誰彼構わずこんなことするわけじゃない。 塔矢だから、体が勝手に動く。それってやっぱり・・・好きだから、だよなぁ・・・。 「・・・オレ、あの時塔矢にキスして良かった」 「進藤・・・」 「オレ、今、超幸せだもん」 オレの言葉に振り向いた塔矢に、オレはキスをした。 一年前の触れるだけだったものとは全然違うキス。 体ごと後ろを向いた塔矢にギュッて抱き締められる。 オレも抱き締め返す。 触れ合う肌が、気持ち良い。 この温もりは、オレだけのものなんだなぁ・・・。 「・・・塔矢がオレとしたいって気持ち、やっとわかった。 ・・・オレも、したくなっちゃった」 唇を放して囁くと、塔矢は困って照れたように笑って、 「・・・ダメだよ、そんな風に言われたら我慢出来なくなるだろ」 と言った。 「ごめん、そうだよな、まだ、我慢我慢」 そう言って、もう一度キスした。だってキスはダメって言ってないもんな? その後、オレは「今度はボクがキミを洗う」という申し出を断固として拒否して(だってこれ以上なんかしたら絶対我慢出来ねェもん)、塔矢が手を出せないくらいマッハで自分を洗って、一緒に檜で出来た湯船に入った。 お湯に浸かって外の景色を見ている塔矢を見ながら、今さらだけど、オレ、塔矢にすごいことしちゃったよ・・・って思った。 ってゆーかさ、よくあのプライド高い塔矢がオレにされるがままになってたよな・・・。 どんな風に思ったのかなあ・・・。ちょっとやりすぎたかなあ・・・。オレ、もしかして変態チックだった?いかん、あのネットで見た高永夏と塔矢の小説に影響されたかもしれん。でも、あれはもっとすごいことしてたし・・・。 お互い意識しすぎちゃってたのか、微妙に離れて座って、「この温泉の効能は神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え症だそうだ」って塔矢に真面目くさって言われて「ちょうどいいじゃん、ちゃんと入っておかないとオマエ明日筋肉痛なんじゃねェの?」とオレをおぶって歩いた塔矢をからかったりとか、当たり障りのない会話を続けた。 オレが手で水鉄砲して塔矢にお湯を飛ばしたら、塔矢は「どうやるんだ?」と興味津々で聞いてきて、ちょっと驚いた。 うーん、でも確かに、塔矢先生が水鉄砲なんかしてお風呂で息子と遊ぶ姿・・・想像出来ないかも。 やり方を教えてやって、二人して子供みたいに打ち合って遊んだ。 おかげで長湯しすぎてのぼせちゃった。 ただでさえ、お湯以外でのぼせてたのにさ。 「ピピッ」 セットしておいたオレの時計が鳴った。 「ああ、もう十二時か。打ち掛けにして、もう寝るか?」 部屋の時計を見て塔矢が言う。オレたちの間には中盤まで打った碁盤があった。 「うん、ちょっと待って」 オレは自分のバックを引き寄せて、中から包装された箱を取り出す。 「誕生日おめでと。塔矢」 差し出されて、塔矢は目を瞬かせる。 「・・・ボクに?」 「オマエの誕生日だろ」 「・・・ありがとう・・・!開けていいか?」 「うん」 包装を解いて箱を開けた塔矢は微笑む。 「綺麗な色の時計だな。嬉しいよ、ありがとう」 「オマエがいつもしてるのより安物だけどさー、 たまにはそういうちょっとカジュアルな時計するのもいいんじゃないかって思って。 オレのと同じブランドなんだ。オレのは完全にカジュアル仕様だけど、 それならフォーマルな場でも付けられるし、オマエにも似合うかなって」 淡いブルーの文字盤が、塔矢みたいに綺麗だなって思って買った。 普段の塔矢の時計、高級ブランド物で高いヤツだって知ってたけど、正直ちょっとオレたちの年齢には早いんだもん。若者っぽいのもいいかなって思って。 塔矢は浴衣から出る腕に、その時計をさっそく付けた。 「どうかな?」 「うん、いいんじゃねえ?」 「ありがとう。大事にする」 そう言って、嬉しそうな顔で文字盤を撫でた。 「も一個プレゼント」 オレは碁盤をよけて塔矢に近付いてキスした。 さっき風呂場でさんざんしたけどさ。 初めてからちょうど一年目のキスは、やっぱりちょっと特別な感じがした。 「・・・寝る前にこんなことして、また我慢するのが大変だ」 唇を放すと、塔矢は苦笑しながらそう言った。 「ますますタイトル、欲しくなったろ?お互い頑張ろうな」 塔矢は棋聖。オレは本因坊。 あらためて動機が不純だなーって気がしたけど、もちろんそのためじゃなく、タイトルは欲しい。 「ああ。キミも負けるなよ」 そう言って、今度は塔矢からキスされた。 うーん、もしかしてオレたち、全然我慢出来てなくね? 二ヶ月後、棋聖のタイトル戦に挑んだ塔矢をテレビで観ていたら、スーツの袖口からオレがあげた時計が見えた。 なんか嬉しいな〜って思ってたら、勝利後の記者会見の後、ミーハーなインタビュアーに目ざとく見つかって質問されて、 「進藤七段から誕生日プレゼントにもらいました」 なんて臆面もなく爽やかな笑顔で正直に答えられて、オレはその後いろんなところでそれを話のネタにされて恥ずかしい思いをするハメになった。 まったく、オレよりアイツの方がオレたちの関係バレるようなボケすんじゃないか? ・・・でも、ま、いっか。あんな嬉しそうな笑顔で言われたら、許さないわけにはいかないよな? END
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