(02.11.21) まえがき。 もう、だいぶ前に書いた話なんですけどね。 ここのHPとは色合いが違いすぎるかなあ・・・と UPを控えていた文章です。 でも、原作の話が進んできてしまって、 ここらでUPしなかったらもうUPする機会 なくなるかな、と思ったので載せておきます。 内容は健全ですけど アキヒカか?と言われれば 反論はしません(苦笑) 登場人物はヒカルとアキラ。 『月と太陽』
ふと、目が覚めた。 アキラはわりあい規則正しい生活を送っているので、寝つきや寝起きが悪いということはない。珍しいことだった。 (ああ、そういえば囲碁セミナーでホテルに泊まってるんだったな) とぼんやり見慣れない天井を見上げた。 部屋の中を風が流れたような気がして窓の方を見ると人影があった。 「・・・進藤?」 アキラは布団から身を起こすとそう呼びかけた。 今回の同室者は彼、進藤ヒカルだった。 囲碁セミナーが終わってから部屋でつい遅くまで碁の検討をしてしまい、ヒカルは最後には半ば布団に倒れこむように寝てしまって、碁盤の片付けはアキラ一人でやったというのに。 そのヒカルが、起きて外を見ている。 「あ・・・悪い、起こしちゃった?」 ヒカルはこちらを向いたようだったが、暗くてよくわからない。 アキラは起き上がって窓へ向かう。 「何を見ている?」 「星」 短くそう言って、ヒカルはまた窓の外を見上げた。 アキラもヒカルの隣りに立って夜空を眺めてみた。 山間のホテルだけあって、そこには都会では見ることのない満天の星空。 「良く晴れてる。綺麗だろ」 そう呟くヒカルをアキラが見ている間も、ヒカルはずっと星を見ていた。 「・・・小学生の頃、天体観測の宿題が出たことがあったな」 アキラは星座盤を持って、心配だからと一緒についてきた母親と共に星座を探したことを思い出した。あの時輝いていたのはオリオン座。 「ああ、オレもやったやった!オリオン座ぐらいしかわかんねえけど!」 一瞬、碁しか共通点がないようなヒカルと思い出が重なった気がした。いつも碁のことしか話さないが、同い年なのだから少なくとも芦原よりは話も合うのだろうけどそういう普通の日常会話になったことは皆無だ。 「でも、こんなに星があったら星座を探すのも大変だよなー」 確かにこの星空から知っている星座を探すことは難しい。 「・・・それにしてもどうしたんだ? こんな時間に起きてキミが星を見るなんて」 アキラはヒカルの私生活を知らないが、こんな行動は似合わないと思った。 「・・・うん」 ヒカルの笑顔が一瞬陰る。そして、それを振り払うように再び星を見つめて呟いた。 「月が、見えるかと思って」 ヒカルの声ではないのではと思ってしまうほど静かな声だったので、アキラはドキリとする。 「月?」 星を、見ていたのだと言っていたのに。 アキラはあらためて夜空を見る。 「なあ、なんでだろ、月がないんだ」 星が散らばる空には、たしかに月がなかった。 「こんなに晴れているようなのに月がないのなら、 今日は新月なんだろう」 「新月?」 「月が太陽の方角にあるんだ。月は太陽の光を反射して光るから、 月が太陽を背にしていると地球から見える面は陰になる。 だから、月が見えなくなる日がある。 ・・・習っただろう?」 最後の一言に、ヒカルは「うっ」と口元を曲げたが、 「忘れてただけだいっ」 と怒った口調で言ってから、 「でも・・・そっか、今日は月、ないんだ」 と呟いた。 「なんでそんなに月が見たかったんだ?」 何気なく聞いたつもりだった。 だが、ヒカルはなんだか困ったような顔をして、それから初めてアキラの顔をまともに見た。 視線が合ったその瞳が、揺れているような気がした。 泣くのではないかと、思った。 「・・・月が」 絞りだすような声。 「月が、すごく似合うヤツがいたんだ」 ヒカルは目を閉じた。 涙が零れるのではないかと思ったが、そんなことはなく、ヒカルは再び夜空に目を向けた。 「もう、たぶんそいつに会えないんだろうって思う。 でも、月が綺麗な日とか、アイツに会えそうな気がして 目が覚めちゃうんだ」 ヒカルの言葉は闇に溶けそうなほど弱くて、アキラの胸は不安でざわついた。 でも、こんな感覚は以前にもあった。 ヒカルが、突然碁を打たないと言ってきた時だ。 放課後の図書室で、一人机に顔を埋めていたヒカル。 あの時のヒカルが、ここにいる。 会えない人がいると言った。 もう、この世にはいない人なのだろうか。 きっと、大切な人だったのだろう。 アキラはまだ、そんな風に人と別れたことがなかった。 だから、本当の意味ではヒカルの気持ちはわからないのかもしれない。 それでもヒカルの心から溢れる哀しみが、アキラの心にも触れた。 「なあ、月が消えるのは、太陽の光があたらないからなんだろ?」 「そうだな」 「・・・じゃあ、アイツが消えたのも、オレがアイツのこと 見なくなったからかな」 「・・・アイツ?」 ヒカルは、唇を小さく噛んで、空を睨んでいる。 「人には、月の性質の人と、太陽の性質の人がいるって知ってる?」 ヒカルは呟くようにアキラに問う。 「聞いたことはある。進藤は太陽だろうな」 普段のヒカルは負けず嫌いで、人から見れば無茶だと思うことでも平気でやろうとしてしまう。挑んでくるその力、輝き。それは日の光に似ている。 だが、今のヒカルは月のようだ。 そう思っても、あえてアキラは口にしなかった。 「そうだろーなぁ。なんてったってヒカルって名前だし」 「ああ、じゃあボクも太陽かな。 夜明けを現す『暁(あかつき)』という字はアキラとも読むから。 あと、『明るい』という字もアキラと読むし」 「あれ?じゃあオレたち、同じ意味の名前なのか?」 「そうとも言えるだろうね」 「ふうん・・・なんか、変な感じ」 アキラもそれこそ偶然に見付けた偶然に、不思議な繋がりを感じた。 碁以外何一つ繋ぐものなどないと思っていたのだけれど。 「でも、オマエは月が似合いそうだよな」 「そうかな?」 「うん。まあ、こーんな顔してオレのこと怒鳴ってる時は そうでもないけど」 ヒカルは両目尻を人差し指で持ち上げて釣り目になる。 「なんだと?!ボクはそんな顔なんか」 「それそれ、その顔」 ヒカルは笑う。そんなヒカルに、アキラは怒りを忘れて安心する。 友人と呼べる相手を作ってこなかったから、哀しげなヒカルを慰めるすべがわからない。 何が、ヒカルに夜にとけて消えてしまいそうな顔をさせているのだろうか。 ヒカルは、再び夜空を見上げている。 この星空の向こうに、何を見ているのだろう。 何を、探しているのだろう。 「塔矢」 不意に、ヒカルがはっきりとした声で名を呼んだ。 「・・・何?」 「オマエは・・・消えるなよ」 暗闇の中、ヒカルはアキラを正面から見つめて、小さな、だが心の奥底に吸い込まれていくような声でそう言った。 「オマエのこと、ずっと追いかけるから。 だから、あの月みたいにオレから見えなくならないで」 ヒカルは、月と誰かを重ねている。 アキラはそれが誰だか訊くことが出来なかった。 気付いてしまったけれど。 その月とは、ヒカルが『いつか』教えてくれると言ったことに関係するだろう。 その『いつか』を今にすることは出来ないのだろうか、とも思う。 でも、絶対に自分から口にしてはいけないことだと、アキラは思いを閉じ込める。 一つ踏み込んでしまったら戻れない。 少しでも壊してしまったら戻せない。 不意に、ヒカルがあの夜空の月のように欠けて消えてしまうような錯覚にアキラは陥った。 思わず闇に溶けて消えてしまいそうなヒカルの左手を引っ張るように掴んだ。 触れた指は、冷たかった。 それでも消えずに、そこにあった。 「ボクはここにいる」 ヒカルは繋がれた左手を見た。 確かな感触、人の温もり。 あの月のような人からは得られなかったもの。 「うん・・・」 閉じられたヒカルの目から涙が零れて二人の間へ落ちる。 「オレは・・・ 夜空を見れば、絶対に月があると思ってた。 月がない時は、曇ってるのかな、時間が悪いのかなって思って 月がないなんてこと、考えたことなかった。 いなくなるなんて、消えるなんて、思いもしなかった。 なあ塔矢。 オマエは確かに今ここにいるけど、それはずっと? ・・・なあ、塔矢。 オレはもう、失うのはイヤなんだ」 ヒカルは、ただ静かに涙を流す。 どれだけ、辛い想いを閉じ込めていたのか。 哀しい。切ない。 どれだけの時間、ヒカルはこうして夜空を見上げたのだろう。 あの笑顔の陰に、どうやってこんな想いを隠していたのだろう。 アキラは、ヒカルの左手を上へ引き寄せる。 強く、握り締めた。 「・・・進藤。 わかるだろう?ボクはここにいる。 消えたりしない。 ボクは月じゃない。 キミの前から姿を消す、あの月とは違うんだ」 「塔矢・・・」 痛いほどの温もり、左手の熱。 それはたしかに、儚く消えたりしないと思えるほどに、ヒカルの心を温めてゆく。 「でも進藤。月は、本当は消えたりしない」 「・・・え?」 「いつも、そばにいるんだ。 離れることなく、ずっと、ずっと近くにいる。 たとえ姿が見えなくても、この夜空のどこかに、月は必ずあるんだ」 「姿が・・・見えなくても」 月はいつでも、地球のそばにいる。 あの月のような人も。 自分が打つ、碁の中に姿を現す。 今でも、そばにいる。 ヒカルは、アキラの手に自分の右手を添える。 あの月のような人には、一度もこうして触れることは出来なかった。 あんなに近くにいたのに、その体温を感じることさえ出来なかった。 それでも確かに存在していたように。 今も、自分の中にいる。 なぜだろう。 今までは、自分でそう思い込もうと必死だった。 今日みたいな夜は、不安でたまらなくなった。 本当は何もかも失っていて、何一つ残っていないのではないかという喪失感に襲われる夜があった。 それなのに、今はこんなにも素直に、あの月の光が今でも心の奥を照らしているのを感じることが出来る。 「・・・うん。ありがとな、塔矢」 ヒカルは、アキラに笑顔を見せる。 「それにしてもオマエがこんな風にオレを慰めてくれるなんて 思わなかったぜ」 ようやくいつものヒカルを取り戻したようなくだけた、それでいて微量の照れ隠しを含んだ口調。 「・・・ボクにも、もう二度と消えてほしくない人がいるんだ」 「そうなんだ・・・?」 「うん。 何度も、何度もボクの前からその人は消えそうになった。 でも・・・、今はそばにいる。 もう二度と見失いたくないから、ボクもその人が 消えたりしないって、信じていたいんだ」 そう言ってアキラは夜空を見上げた。 「・・・オレも、オマエとずっと碁を打っていきたい」 ヒカルも星空を見る。 (オレも、か) 見失いそうになりながらもやっとつかまえた相手の横顔をアキラは見る。 アキラが言葉に含ませた人が、自分だとヒカルは気付いてくれたらしい。めずらしく察しが良いな、とアキラは苦笑する。 「なに笑ってんだよ」 「いや、・・・うん、おじいさんになっても相変わらず負けず嫌いのキミと、縁側とかで対局するのを想像してみた」 「いいな、それ。じーさんになってもオレは負けないぜ!」 「まるで今も勝っているみたいな言い方だな」 「うるせー。次の公式手合は絶対勝ってやる!」 ヒカルは気合いを入れてから、大きく伸びをする。 「あ〜〜〜、さーて寝るか!明日もイベントだ! 塔矢、オレが寝過ごしそうになったらちゃんと起こせよ!」 「・・・まあ、同室者の恥はボクの恥だからね」 そもそもヒカルのせいでこんな真夜中に起きるはめになっているというのに、とアキラは思うが、まあ、元気になったのなら良いか、とわがままな要望を承諾する。 じゃ、よろしくなーと言ってヒカルは自分の布団に飛び込む。 ・・・数秒後には寝息が聞こえ始めた。 (まったく・・・。まあ、進藤らしい、か) らしくないヒカルよりは100倍ましだろう。 アキラは窓を閉めようとして、ふともう一度夜空を見る。 星が、流れた。 アキラは心の中で願い事を唱える。 三回唱えることは出来なかったけれど。 きっと叶うはずだ。 そして、見えない月にも祈る。 いつも、共にあることを。 |
あとがき。 私のもう一つのサイトをご覧になっている方は ご存知かと思いますが、あんなギャグ漫画ばかり 描いている私ですが月とか星とかそういうものを テーマにするの好きなのです。 ヒカ碁サイトで月をテーマにした小説、多いですよね。 とくに佐為がらみで。 やっぱり佐為は月が似合うかなあと私も思います。 今回はあえて、月なし夜にしてみました。 夜空を見ると、無意識に月を探したりしませんか? 私はそういうタイプなのですが、やっぱりヒカルのように 月が見えないと天気や時間のせいかな?と 最初に思ってしまうんですよね。 見えない時もあると、知識として知っていても、 いざ夜空を見て月がないとおかしいと思ってしまう、 そういう・・・なんていうか、確かだと思っている ことが確かなことじゃないっていう不安な感じというか、 そういうものを書いてみたかったのですけど。 あいかわらず文章がつたなくて表現しきれて ないと思いますけど・・・。 ここまでお読みいただいてありがとうございました。
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