ボクは今まで家族以外の誰かの誕生日を特別に祝ったことなどない。 それどころか友達の誕生日会に行ったこともなければ自分の誕生日会に友達を呼んだこともない。 だから、正直言って、一体どういう誕生日にすれば喜んでもらえるのか、まったくわからなかった。 いや、それでもいろいろ考えたし調べもした。 しかしインターネットで調べても出てくるのは当然男女のデートプランで。 そんな中から進藤が喜びそうなものを選んでも良かったけれど・・・果たして進藤が何を喜ぶのか、情けないことに検討もつかない。 誕生日デートプランとして人気が高かったのは「高級ディナー」だったが、進藤は食べるのは好きでも堅苦しいのは嫌いだし、男二人で(しかも世間から見れば高校生の年齢で)行くのも微妙だ。 「お泊りデート」も上位だったが・・・下心が見えすぎている。 「テーマパークデート」、これが一番無難だろうかとも考えた。 進藤は遊園地とか好きそうに見える。 だが、ボクは一度も行ったことがなく、そんなところに進藤と行って、絶叫系と言われる乗り物に乗って(いかにも彼が好きそうだ)、具合でも悪くなったらせっかくの誕生日に迷惑がかかるし、乗れなかったら楽しんでもらえない。 考えて、考えて。 ボクが出した結論は。 「キミの誕生日なんだけど、その、どうしたい?」 「・・・ああ〜・・・そっか、もうすぐか」 打ち掛けで外に行った昼食中(といってもボクは食べないのでコーヒーを飲んでるだけだったが)にボクは切り出した。 そう、もう、悩むより本人に聞いてしまえという作戦(?)だ。 サプライズを用意するなんて上級者のマネをするのは経験を積んでからにさせてもらおうとボクは開き直った。 「・・・ん?もうすぐ?」 進藤が口に咥えかけたストローを離して明後日の方を向く。 「?もうすぐだろ?」 「げ!オレの誕生日って敬老の日!?」 「え?ああ・・・そういえばそうかな」 「いっけねぇ〜〜、月曜だから何も予定ないと思って約束しちゃった。20日だったか」 「はぁ!?」 付き合ってから初めての誕生日(という言い方も照れるが)だというのに! 「あはは〜悪ィ悪ィ!」 「悪いじゃないだろう!ボクの方が先約だぞ!」 「あーうん、わかってるって・・・どーしよっかな〜・・・」 進藤は飲みかけていたコーラをあらためて飲む。 「あ、そうだ!なァ、まだ予定決めてないんだろ?」 「あ、ああ・・・」 「オマエも一緒に来りゃいいんじゃん!」 「え?」 そして進藤の誕生日。 「いやぁ〜〜これはこれは塔矢七段!ようこそいらっしゃいました!」 「塔矢相手にそんなかしこまることねェよ、じーちゃん」 「そうはいかん!オマエと塔矢七段じゃ同じ七段でも格が違う!」 「なんでだよ!」 そんな二人のやり取りの中、ボクは進藤のおじい様の家の中へと迎えられた。 進藤が予定を入れてしまった相手とは進藤のおじい様だった。 『敬老の日なんだからじいさん孝行しに来い』と言われたそうだ。 以前からたまに「その日はじーちゃんに打ちに来いって言われてるから」と誘いを断られることもあった。進藤のご両親は囲碁をされないそうだし、彼にとって数少ない碁に理解ある身内なのだろう。 部屋の奥へ進むと、縁側に碁盤が用意されていた。 「じゃ、塔矢、じーちゃんと対局してやってくれ」 そう進藤に促され、碁盤の前に座る。 進藤の誕生日を二人きりで祝うつもりでいたが、なぜだかこんな不思議な状況になっている。まあ、でも彼の身内とこうして交流出来るのも貴重な機会かもしれない。 「では、打ちましょうか。よろしくお願いします」 「いやいやこちらこそ、よろしくお願いします」 「オレ、飲み物取ってくる」 そう言って部屋を出て行く進藤の背中に「ああ今ばーさんが用意してるから」とおじい様は声をかけたが、進藤はそのまま部屋を出て行ってしまった。 「進藤とはよく打たれるんですか?」 「よくというほどではありませんが、ワシの誘いに「忙しい忙しい」言いながらも 顔を出してくれますよ」 「あの、ボクはヒカル君の友人という立場で今日はお邪魔しているので、 どうか敬語はおやめください」 「いやぁ、こりゃあとてもヒカルと同い年とは思えませんな」 「今日、彼はボクの一つ上になりました」 「ああ、そうだったそうだった。ヒカルの誕生日だったな。 塔矢・・・君、とお呼びして良いですかな?」 「はい」 「塔矢君と孫の誕生日にこうして碁が打てるなんて、ワシは幸せものだ」 「ボクも、今日お会いするのを楽しみにしていました。 ヒカル君のご両親は碁を打たれないそうですし、碁のセンスは きっとおじい様から受け継がれたんでしょうね」 進藤の碁はsaiの影響を色濃く受けているけれど、根本的な生まれもったセンスはこの方から受け継がれたものかもしれないのだ。 「ヒカルはワシが教える間でもなく、あっという間に上達してワシを追い越して いったよ。ワシがアイツにしてやったのは、碁盤を買ってやったくらいなもんで」 「そういえば、ヒカル君の部屋の碁盤はおじい様のプレゼントだと聞いています」 「あの碁盤で打ったことが?」 「ええ、何度も」 「いや〜ますます幸せだなぁ〜こんな幸せな敬老の日は初めてだ」 そう言ってニコニコと照れたように笑った。 父方の祖父は他界しているし、母方は遠方に住んでいて滅多に会えない。 ボクも、碁を打つ祖父がいれば、こんな風に喜ばすことが出来る可愛い孫になれたかもしれない。 「ヒカル君とはいつも互先だそうですね」 「ははは、50目差付けるといじめられてるよ」 そう言いながらも嬉しそうだ。 「じゃあボクはもっと差を付けないといけませんね」 冗談めかしてそう言うと、 「いやいや、お手柔らかに頼みますよ」 と楽しそうに笑ってくれた。 「50目差ぐらいになった?」 そう言いながら進藤が戻ってきたのは、対局が終わり、検討を始めた頃だった。 「なんだヒカル、ずいぶん遅かったな」 そういえば飲み物を取りに行くと言っていたのに対局が終わるほど時間が過ぎている。 「ばーちゃんとおはぎ作ってた」 そう言って進藤が差し出したお盆には、お茶と、大きな3つのおはぎが乗っていた。 「誕生日ケーキは家で用意してるだろってさ」 「ああ、そういえばお彼岸か」 ちょうど今日は彼岸の入りだ。 「塔矢ってケーキよりおはぎの方が似合うよな」 「・・・どういう意味だ」 確かに洋菓子より和菓子の方が好きだが。 ボクの言葉は無視して、お盆を置いて盤面を覗き込む。 「検討中?どうだった?」 「いやさすがに強い。当たり前だが強い。本当に勉強になった」 「オレとの時はそんなこと言わないくせに」 「塔矢君はワシが打ちやすいように導いてくれたからな。 オマエと打つのとは全然違う」 「なんだよ、オレが手を抜くと怒るだろ」 「別にオマエにそうしてほしいわけじゃない。孫に手を抜かれるようじゃお終いだ」 やいのやいのと言い合っているが、なんだかんだと仲が良さそうだ。 セミナーの講師をする時もそうだが、進藤はお年寄りに人気だ。 変に遠慮しないのが良いのだろう。 「で、どうだった?じーちゃん」 進藤に問われる。 「さすが進藤のおじい様だ、とても筋が良い」 実際、アマチュアにしてはなかなかの腕前だった。 「そうそう、オマエの囲碁センスはワシから受け継がれたものかもしれん」 「え〜そんなもんに遺伝なんてあるのかなァ・・・って、塔矢のとこはそうか」 「碁のセンスに遺伝が関係あるかはわからないけど、環境は関係あるだろうね」 あの父の元で毎日碁を打っていれば、強くもなるだろう。 実際、囲碁棋士の親子は多い。 だが、強くなるか、好きになるかは本人次第だ。 偉大な父を持つ二世は同じ分野で親を越えられないとよく言われるが、ボクはそうなるつもりはない。 「環境かァ、そうだよなァ、意外と身近にないもんな、碁って。 そーいやじーちゃんは誰に碁を教わったの?」 「ワシか?ワシは父親が相当碁が強かったらしくてな」 「らしい?」 「戦争でワシが小さい頃死んじまったから、実際に対局したことはないんだが、 形見で残った碁盤に石を置く音に父親の面影を求めて、兄さんと打つように なったんだよ。死んだ兄さんはワシより強かった。 ほれ、オマエのお気に入りのあの碁盤の元の持ち主だ」 「・・・ああ、お蔵の碁盤か」 お蔵の碁盤。 「進藤・・・その碁盤って・・・」 saiの碁盤か?と最後までは聞けなかった。 だが、当然ボクの言いたいことを理解したであろう進藤は、 「おはぎ食べたら、見に行こうか」 フッと笑ってそう言った。 「ほら、これが佐為が憑りついてた碁盤だよ」 立派なお蔵の梯子を上ったそこに、それは置いてあった。 「これが・・・」 確かに古い碁盤だ。だが、物は良い。手入れをすれば充分に使えるだろう。 手で触れると、うっすらと埃が付いた。 「最初見た時、碁盤の上に血痕が見えてさァ」 「え?」 思わず手を引く。 「あかりと一緒だったんだ。でもあかりは見えないって言うしさ。 で、オレにだけ声が聴こえてきて・・・で、気ィ失って倒れて、 気が付いたら佐為に憑りつかれてたんだ」 そう言って今度は進藤が碁盤に触れる。 「佐為が「自分はもうすぐ消える」って言い出した時、ここに付いてた血の染みが すっごく薄くなってた。佐為が消えた後は、染みも消えちまった」 その血痕があったであろう場所を、進藤の指が愛おしそうに撫でる。 「あの時はあかりもいた。碁が強かったっていうじーちゃんの兄ちゃんも、 その前にもいろんな人がこの碁盤に触れただろうに・・・ なんでオレだったのかな」 「進藤・・・」 「あの時、オレじゃなくて、オマエがここに来ていたら、佐為が憑りついたのは オマエだったかな。・・・オマエの方が、佐為を理解してやれただろうな」 本因坊秀策に憑りついて、秀策として碁を打っていたというsai。 ボクがそんな人に憑りつかれたら、どうしただろう。 秀策みたいに、打たせただろうか。 それとも、進藤みたいに自分の碁を打つことを選ぶだろうか。 碁盤に触れる進藤の指が、saiのことを話す進藤の声が、なぜだか切なく感じる。 「ここに来てsaiと出会ったこと、後悔してるのか?」 「・・・っ後悔なんか、してねェよ!」 碁盤に触れていた進藤の指が、ギュッと力の入った拳となって震えている。 「ボクはキミがsaiと出会って良かったと思ってるよ」 「塔矢・・・」 「キミがsaiと出会ってなかったら碁にも出会わなかった。 そしたら、ボクと出会うこともなかった。だから、saiに感謝してる」 碁盤の上の進藤の拳に手を添える。 「キミと出会えて本当に嬉しい。それに、こうしてキミの誕生日を 一緒に過ごすことが出来て幸せだ。みんな、saiのおかげだ」 進藤がsaiと出会って。 碁を始めて。 そしてボクの前に現れて。 最初から互いにとって特別な相手だった。 でもそう、特別なライバル、それだけだった。 saiがいなくなって、きっと、その辛さを紛らわすために、進藤はそれまで以上にボクを必要とした。 ボクも、消えたsaiの強さを彼の中に求めていた。 saiがいて。 saiがいなくなって。 だから、今、ボクらは、こうしてここにいる。 触れていた彼の拳をキュッと包んで、ボクは腰を少し浮かす。 「・・・っ・・・・・・ば、バカ・・・何すんだよこんなとこで」 触れた唇が後ろに離れていく。 「・・・saiに見せびらかしたいんだ。今、進藤のそばにはボクがいるって」 「・・・ばぁか・・・今、佐為はここにいねェよ」 「関係ないよ。ボクの自己満足だし」 そう言って空いている手で彼の腰を引き寄せ、再び「バカ」とつぶやく彼の唇を塞ぐ。 ボクがいる。 彼の隣りに、彼が向かう碁盤の前に、この先ずっと。 だから、もう、彼のそばに貴方の場所はないと、思うボクは酷い人間だろうか。 これは醜い嫉妬だ。 わかっているけれど。 そんなボクの未熟な部分も全部、saiに見せたかったのかもしれない。 偽りない、彼を想うボクのすべてを。 「・・・ったく・・・佐為が見てたらビックリじゃすまねェぞ」 目元を赤らめた進藤は、プイッと視線をそらす。 「もしsaiが戻ってきても、ボクは、するからな」 「ええ!?」 「だって幽霊なんだろ?四六時中そばにいるなら、しょうがない」 「え〜!?オレ、人に見られながらする趣味ねェよ!」 「じゃあ、saiが戻ってきたら、ボクとは別れるってことか?」 「・・・ヤダ」 その言い方が拗ねた子供みたいでボクは思わず吹き出す。 「笑うなよ!いいよ、もう、戻ろうぜ、じーちゃん待ってる」 立ち上がった進藤に手を引っ張り上げられる。 「ああ」 立ち上がって周りを見わたしてふと思う。 「この碁盤・・・ある意味saiの墓標かもしれないな。 ちょうどお彼岸だし・・・ちょっと不謹慎なお墓参りになっちゃったけど」 「まったくだ、こんなところで手ェ出すなっつーの。 にしても墓標か・・・、藤原佐為、ここに眠るってか。 いや、アイツはこんなところで眠ってないよ。 きっと、碁を打つ為にあちこち飛び回ってるって」 「藤原?saiは藤原佐為というのか?」 「言ってなかったっけ?そう、藤原佐為」 「藤原か・・・。もしかしたら、本当にキミの先祖かもしれないな」 「ええ?」 「進藤も名字に藤が付くだろう?まあ、先祖ってわけにはいかないかもしれないが、 なんらかの縁がある可能性はゼロじゃないんじゃないかな」 「そうなのか?あ、でも佐為は若い時自殺しちゃってるし」 「そうか。でも、一族とかさ。そう考えるのもロマンチックだろ?」 「ロマンチック・・・って」 ボクの物言いに進藤は吹き出す。 「いいじゃないか、古から今へ、もしかしたら続いているかもしれないんだ」 「ホントにそうだったら面白いな」 進藤が手のひらを広げて見つめる。まるで、自分の体の中を流れる血を感じようとするかのように。 sai、貴方は本当にどうして進藤の前に現れた? そして、なぜ消えた? ボクの問いに、碁盤は答えてはくれなかった。 その後、おじい様と進藤が対局し、最後にボクと進藤が対局した。 進藤との対局でボクは負けてしまった。おじい様には「誕生日だから花を持たせてもらったんだろう」と言われたが、そんなつもりは毛頭なかったので負けたことは悔しかったが、まあ、今日ぐらいは「実力で勝ったんだよ!」と反論する進藤に、「そうだな、今日は完敗だ」と素直に認めるぐらいのことはしてあげた。 おじい様の家を後にし、進藤の家へ向かう。 誕生日にボクとおじい様の家に行くと母親に話したら、ケーキを作るから夕飯に呼びなさいと言われたらしい。 友達の家のお誕生日会にお呼ばれされるのは人生初の経験だ。 他所の家庭がどんな風なのか、ボクはほとんど知らない。 進藤の母親に対する口のきき方を耳にすると、親にこんなことを言っていいのか、と驚くことも多いが、世間一般の母息子はこんな感じなのかもしれない。 初めてお会いした進藤の父親は、普通のサラリーマンという感じで、息子の誕生日などあまり関心がないようで、食事の後は一人さっさと居間のソファーにテレビを観に行ってしまったが、誰も気にする風でもない。 まあ、ボクのお父さんだって、もう17歳にもなる息子の誕生日や息子の友達のことなんか(碁をやっていれば別だが)、あまり気にしないだろうけど。 手作りケーキをいただいている最中、玄関のチャイムがなった。 「ヒカル、あかりちゃんよ。誕生日プレゼント持ってきてくれたんじゃない?」 「おー」 驚いた様子もなく立ち上がるところを見ると、毎年恒例なのだろう。 「ちょっと行ってくる」とボクに断って、彼と母親は玄関へと向かった。 三人で、玄関で話している声が漏れ聞こえてくる。 ボクも、行くべきだろうか、と思ったが、体が動かない。 もしかしたら、ここに来るかもしれない。 正直、ボクは藤崎さんが苦手だ。 いや、別に彼女自身が苦手なわけではない。どうしても、後ろめたい気持ちになってしまうボク自身の問題だ。 saiといい、藤崎さんといい・・・ボクは進藤に関しては本当に自信を持てないとつくづく思う。 これが囲碁なら。頑張って勉強した分だけ、それが自信となる。 恋愛も、そんな風に、努力したものすべてが結果となってあらわれて自信につながればいいのに。 「アンタもう少しあかりちゃんに優しくしなさいよ。 あんな良い子、そうそういないわよ。お母さん、あかりちゃんが 娘になるなら大歓迎なのに」 「うるさいよ、関係ないだろ」 そんな言い合いをしながら二人が戻って来た。 「・・・藤崎さんは?」 「え?帰ったよ。プレゼント渡しに来ただけだって言ってたし」 「それでも上がってもらいなさいよ、ホント気がきかないんだから」 「だって塔矢もいるし」 「・・・ボクなら、別にかまわなかったのに」 心にもないことを言ってみたが、進藤はチラッとボクを見ただけで何も言わなかった。 そして手に持っていた袋の中身を開け始める。 「あら、素敵なネクタイじゃない。良かったわね。ちゃんと着けてあげるのよ」 「うん」 ネイビーブルーにグリーンのタータンチェック柄の、いかにも高校生らしいといった感じのネクタイだ。 「キミに良く似合いそうだ」 素直にそう思ったけれど、内心ではかなり動揺していた。 ネクタイか・・・。 幼馴染にしては定番すぎるだろう。 もっと、こう、長年一緒じゃないとわからない、進藤のツボに入るようなプレゼントとか、何か、なかったのか。 どうしてよりによって、ネクタイ。 「ん?どうした?」 しまった、動揺が顔に出ていたか。 「え?な、何が?」 「ふーん。さてっと、部屋に戻るか」 「あ、ああ」 「あの・・・藤崎さんの後に、こんなもので悪いんだが・・・」 部屋に着くなりすごすごと鞄からプレゼントの包みを取り出して渡す。 「・・・ネクタイか」 細長いその形状は間違いようもない。 「その・・・さすがにボクだってあまりにもありきたりかなって思ったんだ。 でも・・・」 「開けていい?」 「あ、ああ」 包装には頓着せず大胆に開けていく。 箱を開けるなり、進藤の口元がニヤリと笑う。 「塔矢っぽい」 「・・・趣味じゃなかったか?」 お店の人にも年齢とかブランドとか相談して(ボクの持っているものはどうも母の好みで年のわりに高級すぎるから)、ボクの好みというよりは進藤に似合うものをと考えたつもりだったが。 藤崎さんがあげたものの方が、カジュアル目で彼好みかもしれない。 「そういう意味じゃないよ。カッコイイ。あかりのと違って大人!って感じ。 同じネクタイだけど、雰囲気が違うヤツでちょうど良かった」 「でも、色合いもかぶっちゃったな」 彼女のはタータンチェック。ボクのはレジメンタル柄だが、色は同じくネイビー基調のグリーンラインだ。 「二人ともこれがオレに似合う色だって思ったんなら、似合うってことだろ。あ、そうだ」 進藤はタンスを開けて、ワイシャツを取り出す。 「着けてみよ!はい、ちょっと持ってて」 包みごとボクにネクタイを渡すと、おもむろに上着を脱ぎだす。 突然さらされた肌に思わず目をそらしたけれど、彼はおかまいなしにワイシャツに着替える。 「よし、ネクタイ着けて!」 首を差し出されて、ボクは慌てて包み紙を置いて、彼の首にネクタイを回す。 「オレ、いまだにネクタイ上手く結べないんだよなあ」 「何!?まだ結べないのか?タイトル戦は泊まりで行うんだぞ。 誰かに結んでもらうわけにはいかないんだからな。ほら、座れ!」 「うわっ」 強引に進藤を床に座らせて、ボクは後ろにまわる。 「ほら、覚えるんだぞ」 後ろから進藤の手を取り、ネクタイを持たせる。 「まずは、ここをこう通して・・・」 とりあえずプレーンノットでいいだろう。 キュッと形良く結び目を作る。 「ほら、簡単だろ?」 「お、やっぱカッコイイじゃん。ありがと、塔矢」 「あ、ああ。うん、良かった、似合う。・・・じゃ、今度は一人で結んで」 ネクタイの結び目を引っ張ってほどく。 「さ、やって」 「えっと・・・ここをこうして・・・」 「違う!いきなり間違えるな!」 「怒るなよ〜」 「ほら、もう一度!」 一から説明し直してまた結ぶ。 またほどいて、もう一度。二度。三度。 「さあ、いい加減覚えただろ」 「なんかさァ、後ろから抱きつかれて?手ェ握られて?耳元で囁かれて? 塔矢ってば確信犯?」 「ふざけるな!」 「でた!塔矢の十八番!」 進藤は笑って立ち上がる。 「進藤!」 怒ったボクに進藤は笑って、それから突然抱きついてきた。 「プレゼントありがと」 そう言って、唇に軽いキスをくれた。 まったく、それだけでボクが許すと思ったら・・・大間違い・・・なわけがない。 「ネクタイにしたのは・・・対局中身に着けてもらえるからだよ。 ネクタイ着ける対局なんて、それこそ大きな対局だから。 そんな時に、キミのそばで力になれるようにと思って」 「うん、オマエがいれば、心強い。あ、でも、オマエが相手だったら どーなるんだ?」 「・・・その時は藤崎さんのでも着けたらどうだ」 「うっわ、なんだその嫌味」 「・・・ごめん。わかってるけど、どうしても嫉妬してしまうんだ」 素直にそう言うと、 「ったく、しょーがねェヤツ」 そう言って笑ってくれた。 「塔矢のはここぞ!って対局の時に着ける勝負ネクタイにする」 「・・・ここぞって時こそ結んでくれる相手がいないんだからな。 ちゃんと覚えたんだろうな」 「えっと・・・こうして・・・こうして・・・こう!出来た!」 完璧に形良くとはいかないが、とりあえず形にはなっている。 「よし、結び方はそれでいいから、後は鏡を見て形よくなるようにもっと練習しろよ」 「はーい」 素直にそう返事をした進藤は、もう一度ほどいて結び直す。 「うん、出来た」 そう言って笑顔を見せる彼を、心底愛しいと思った。 一年前の誕生日は、まだ、彼とはこんな関係じゃなかった。 来年の誕生日はどうなっているだろうか。 再来年も、その先も、ずっと、一緒にいられるだろうか。 いや・・・一緒にいたい。一緒にいる。 彼の生まれたこの日を、一緒に、永遠に感謝したい。 「進藤」 「ん?」 「誕生日おめでとう」 生まれてきて、 ボクの前に現れてくれて、 ありがとう。 心から、そう思った。 END
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あとがき。 アキラ君にヒカルのおじいさんを なんて呼ばせようか迷いました。 「進藤さん」ってわけにもいかないし、 「平八さん」とかおかしいし、 「おじいさん」が無難かと思いましたが、 あえて「おじい様」にしてみました。 ヒカルに突っ込ませようと思いましたが、 上手いこと入れられなかった・・・。 ヒカルとネクタイというと、昔パフェさんからいただいた イラストにミニ漫画を追加したネタを思い出します(笑) きっと北斗杯では社に結んでもらったんだよ!みたいな。 和谷でもいいですけど。 原作の塔矢は結んでくれなそうだなあ(苦笑) 短い話なのに色々詰め込み過ぎました(^_^;) 当初はディズニーデートネタを考えていたのですが・・・ アキラ君、乗れるかな・・・と断念(;^_^A 2004年のカレンダー見たら、ヒカルの誕生日は ちょうど敬老の日だったので、おじいちゃんの家に 行って佐為の碁盤をアキラ君に見せる話にしよう! と思ったのですが、それ以外にもネタを 入れ過ぎましたよ・・・。 「藤原」と「進藤」もちょっとこじ付けですけど、 まあ、藤原氏に縁のある人は「藤」の字が付くという こともあるので、大目に見てやってください。 それだとあかりちゃんも仲間に入っちゃいますけど。 細かいことは気にせず、ヒカルの誕生日を 祝いましょう!(コラ) 読んで下さってありがとうございました。